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『方法序説』
デカルト 著 谷川多佳子 訳
1997年刊 岩波文庫



その時代の社会的権威を全否定して神と直結するのが
「ワレ惟ウ、故ニワレ在リ」という傲慢である。
もし当時の社会に若者たちが強い抑圧を感じていたのなら、
その若者たちはロウソクや雨傘などのシンボルを掲げてデモ行進し、
その社会には「デカルト革命」が起きるだろう。
一部は暴徒化し、「故ニワレ在リ」と叫びながら
教会も宮廷も富裕な商人も焼き討ちし、軍隊が投入される事態になるだろう。
もしかしたら民族浄化まで至るかもしれない。
そして実際にそれが様々な形で進行してきたことの結果として、
現代の我々の社会はある。
徹底した合理的精神は徹底した神秘的精神と紙一重である。


 



以下、本文より・・・

・わたしの人並みの精神と短い生の達しうる最高点にまで少しずつ知識を高める手立て
・どのように自分の理性を導こうと努力したかを見せるだけ
・勉学に努めながらもますます自分の無知を知らされたという以外、
何も得ることがなかったように思えた
・哲学はどんなことについても、もっともらしく語り、
学識の劣る人に自分を称賛させる手だてを授ける
・これからは、わたし自身のうちに、
あるいは世界という大きな書物のうちに見つかるかもしれない
学問だけをたんきゅうしよう
・唯一の神が掟を定めた真の宗教の在り方は、他のすべてと、
比較にならぬほどよく秩序づけられているはずなのは確かである
・フランス人やドイツ人のあいだで育てられると、
中国人や人食い人種のなかでずっと生活してきたのとは、
どんなに違った人間になることか
・第一は、わたしが明証的に真であると認めるのでなければ、
どんなことも真として受け入れないことだった。
・第二は、わたしが検討する難問の一つ一つを、
できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの
小部分に分割すること
・第三は、わたしの思考を順序にしたがって導くこと
・そして最後は、すべての場合に、
完全な枚挙と全体にわたる見直しをして、
なにも見落とさなかったと確信すること
・一つのことから他のことを演繹するのに必要な順序をつねに守りさえすれば、
どんなに遠く離れたものにも結局到達できるし、どんなに隠れたものでも発見できる。
・何よりもまず、哲学において原理を打ち立てることに努めるべきだと考えた
・望むところへ正確には行き着かなくても、
とにかく最後にはどこかへ行き着くだろうし、
そうほうが森の中にいるよりはましだろう
・「必然を徳とする」こと
・自分の力の範囲内にあるものは思想だけしかないことを完全に納得していたので
それだけで、ほかのものごとにたいするあらゆる執着を脱しえた
・最善を尽くすためには、つまり、あらゆる美徳とともに
われわれの手に入りうる他のすべての善も獲得するためには、
できるかぎりよく判断すれば十分なのである
・すべてを偽と考えようとする間も、
そう考えているわたしは必然的に何ものかでなければならない、と。
そして「わたしは考える、ゆえにわたしは存在する〔ワレ惟ウ、故ニワレ在リ〕」
というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども
揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、
この真理を、求めていた哲学の第一原理として、
ためらうことなく受け入れられる、と判断した。
・わたしは一つの実体であり、
その本質ないし本姓は考えるということだけにあって、
存在するためにどんな場所も要せず、
いかなる物理的なものにも依存しない、と。
したがって、このわたし、
すなわち、わたしをいま存在するものにしている魂は、
身体〔物体〕からまったく区別され、
しかも身体〔物体〕より認識しやすく、
たとえ身体〔物体〕が無かったとしても、
完全に今あるままのものであることに変わりはない、と。
・わたしたちがきわめて明晰かつ判明に捉えることはすべて真である、
これを一般的な規則としてよい、
ただし、わたしたちが判明に捉えるものが何かを見きわめるのには、
いくらかの困難がある
・わたしは、自分の持たないいくつかの完全性を認識しているのだから、
わたしは、現存する唯一の存在者ではなくて
(ここで自由にスコラの用語を使わせていただく)、
他のいっそう完全な存在者が必ずなければならず、
わたしはそれに依存し、
わたしが持つすべてのものはそこから得たはずだ
・神があり、存在すること、神が完全な存在者であること、
われわれのうちにあるすべては神に由来すること。
その結果として、われわれの観念や概念は、
明晰かつ判明であるすべてにおいて、実在であり、
神に由来するものであり、その点において、真でしかありえない
・神が多数の世界を創造したとしても、
それが守られないような世界は一つとしてありえないような法則
・カオスの物質の大部分が、これらの法則に従って、
どのようにして一定の仕方で並び、連なって、
われわれの天空に似たものになるはずかを示した。
・光なき火の一種をその心臓のなかに生じさせた
・血液は心臓にある火の養分
・人体を、神の手によって作られ、人間が発明できるどんな機械よりも、
比類なく整えられ、みごとな運動を自らなしうる一つの機械とみなす
・実際上可能なかぎりわれわれの行動を真似る機械があるとしても、
だからといってそれが本当の人間ではない、と見分ける
・これらの機械が、われわれが自分の思考を他人に
表明するためにするように、ことばを使うことも、
ほかの記号を組み合わせて使うことも、けっしてできないだろう
・理性がどんなことに出会っても役立ちうる普遍的な道具である
・生のありとあらゆる場合に応じて、
理性がわれわれを動かすのと同じやり方で、一つの機械のなかに、
諸器官が十分多様に具わってその機械を動かすということは、
実際的には不可能なこと
・動物たちの理性が人間よりも少ないということだけでなく、
動物たちには理性が無いことを示している。
というのも、話すことができるためには、
ごくわずかの理性しか必要ないことは明らかだからだ。
・理性的魂について記述し、
この魂が、いままで述べてきたほかのもののように
物質の力から導き出されることはけっしてありえず、
特別に創造されねばならない
・真の人間を構成するためには、理性的魂が身体と結合し、
より緊密に一体となる必要があることも示した。
・われわれの魂が身体にまったく依存しない本性であること、
したがって身体とともに死すべきものではないこと
・魂は不死であると判断する
・こうしてわれわれをいわば自然の主人にして所有者たらしめること
・健康はまぎれもなくこの世で最上の善であり、
ほかのあらゆる善の基礎である。
というのは、精神でさえも体質と身体器官の状態とに多分に依存しているため、
人間たちを共通に今までよりもいっそう賢明で有能にする何らかの手段
・老衰さえも、われわれがその原因を知り、
自然が提供してくれる医薬のすべてについて十分な知識を持つならば、免れうる
・先の者が到達した地点から後の者が始め、
こうして多くの人の生涯と業績を合わせて、
われわれ全体で、各人が別々になしうるよりも
はるかに遠くまで進むことができるようにする
ほかの人が行った実験について言えば、
かれらはそれを秘儀と呼んで決して公開しないだろう
・ただ理性がわたしを納得させたからであることを誇りとする
・自然〔生まれつき〕の理性だけを
まったく純粋に働かせる人たちのほうが、
古い書物だけしか信じない人たちよりも、
いっそう正しくわたしの意見を判断してくれるだろう
・ラテン語を偏重しない
・わたしは偉くなりたいとは少しも思っていない。
そして、この世のもっとも名誉ある職務を与えてくれる人びとよりも、
その好意によってわたしに何の支障もなく
自分の自由な時間を享受させてくれる人びとに、
つねにいっそう深い感謝の気持ちをもつことだろう。

解説より
・新しい学問の「方法」を提示する。
それは数多い規則の集成でではなく、
シンプルで、それさえ遵守すれば(学問的)真理を見いだせるというもの
・出発点となる考えるわたし、体系の基礎となる二元論、
精神と神の形而上学。宇宙や人体の見方も述べられ、
こうした新しい学問、自然の探求未来への展望とともに、
デカルトにとっての意味も語られる
・考えるわたし、近代の意識や理性の原型、
精神と物質(身体)、あるいは主体と客体の二元論、
数学をモデルとする方法、自然研究の発展…。
デカルト主義は近代合理思想の中心原理




 
 

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