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『啓蒙都市ウィーン』
山之内克子 著 
2003年刊 山川出版社



ウィーンは中世と近世・近代への変化が 際立ってダイナミックに起こされた場所であったようだ。
カトリック権力の防壁としてウルトラ保守な宗教都市となり、
戦争に敗れて啓蒙・解放のハイパーリベラルな都市に作り変えられた。
それもマリア・テレジアとヨーゼフ二世という二人の専制君主によって。
そして生まれたのが贅沢と享楽と傲慢の市民階級である。
市民階級の誕生とは、無数のクレイジーで小さな王様たちが
都市に放たれる波のことだったのかもしれない。


 



以下、本文より・・・

・すべての改革派、強力な絶対君主の手によって、
あくまで「上から」導入されたのである。
←啓蒙専制主義、ロシア、プロイセン、オーストリア
・教皇庁からすればむしろ東方の辺境にすぎなかったこの都市を、
「第二のローマ」と呼ばれるほどのカトリック信仰の中心にのしあげる
契機となったのは、対抗宗教改革(反宗教改革)であった。
・精神文化にかかわる領域が、
ほぼ二世紀にわたってカトリック教会の厳しい管制下におかれつづけたことにより、
都市ウィーンは、イギリス、フランスはもちろんのこと、
同じ言語圏に位置したプロテスタント・ドイツの都市からも分断され、
文化的に極めて孤立した位置に立たされることになった。
・シュレジエン喪失という代償のもとに領土分断の危機を脱したのち、
女帝は、軍隊と近代的官僚組織を制度化し、
国政全体の抜本的な中央集権化を試みた。
←マリア・テレジア
・出自も経済状況もそれぞれ異なるこれらの人びとは、
その数的増大にともなって、同じ価値観と行動様式を有する
一つの社会層として強く結束するようになった
←能力主義の官僚たち
・「良書の普及を妨げるよりは、むしろ多少の悪書を放置する」
←ヨーゼフ二世
・徹底した産業自由化政策の結果、市内の出版・印刷業者の数は激増し、
ウィーンはやがて、ドイツ出版文化の中心地として知られた
ライプツィヒやフランクフルトに迫るほどの
書籍生産高を誇るようになった。
・ウィーンの出版ブームを支えたのは、実際には、文学書や哲学書ではなく、
パンフレットと呼ばれる、小冊子形式の通俗読み物であった。
・「受け手」であったはずの読者が、
この時期には、「読んだもの」の内容にかんして
相互に議論を交わす行為をつうじて、
「読者公衆」として、すなわち、共通の意見と価値観をもつ、
一つのコミュニティとして結束していった
・読書という行為、書物にかんする議論をつうじて、
ここに、貴族と上流市民、資本家と官僚、芸術家など、
伝統的社会制度のなかでは相互に社会的・文化的接触の可能性を
いっさいもたなかった人びとのあいだに、
広い交流の場が生み出されたのである。
・18世紀後半になると、市内のカフェは、
エキゾティックな飲み物を味わう場所というよりは、
むしろ、ヨーロッパ各国のありとあらゆる新聞や定期刊行物、
また都市で出版された最新のパンフレット類を取りそろえて、
読書文化および読者交流の中心としての性格を強めていった。
・フリーメーソン結社もまた、読書クラブとともに、
啓蒙思想の重要な「担い手」として、
全ヨーロッパ的規模で展開した運動であった。
・1750年代になると、都市の上層グループのあいだで、
これらの特権的な演奏会とはまったく異なる、
自主的な「音楽の夕べ」が開かれるようになった
・元来、極度に排他的な宮廷内の催事であったはずの
オペラやバレエ、また、イタリア・フランス劇などの公演が、
入場料金と引き換えに、
基本的には都市すべての階層をその観客として受け入れるようになった
・皇帝は、自ら進んで、都市の内部に
「社会的に平準化された場所」を切り開こうとした
←ヨーゼフ二世
・「すべての人間を尊重する者によって、
すべての人間に捧げられた楽しみの場」
←ヨーゼフ二世が開放したアウガルテンのアーチに刻まれた句
・ヨーゼフ二世は、まさに、宮廷と教会を頂点に構成された、
バロック時代以来の伝統的都市空間の結界を、
自ら打ちくだこうとしていたのである。
・1740年代以降、官僚たちのあいだに共通の価値観として
浸透していた啓蒙思想と合理主義は、
都市行政における「均一化」の理想を生み出した
・1770年、マリア・テレジアは、
旧市街と郊外部を画一的なルールによって統合すべく、
番地制度の導入を試みた。
・番地制度の導入直後に登場し、
やがて都市の日常生活に不可欠の伝達手段として定着した市内郵便
・都市空間は、いまや、薄暗い袋小路や中庭にいたるまで、 すべてくまなく、科学的・合理的レベルで把握し、
解明することが可能な客体となっていた。
・修道会を解散させ、また、教会の堂内にも踏み込んで、
庶民の迷信につながるような偶像や呪物を一掃した
ヨーゼフのラディカルな教会改革は、
こうして、カトリック教会と修道院によって規定されてきた都市空間を、
啓蒙専制主義の理想に従って、徹底的に世俗化していったのである。
・こうして、「新しい都市」は、もはや、中世以来の、
混沌としたエネルギーを秘めた有機的構成物などではなく、
人間の英知をつくしてつくりあげられた、
合理的秩序と科学的法則性が支配する、
一種の「巨大な機械」として構想されたのである。
・宗教上の祝日や毎日の礼拝という共通の時間的指標が、
かつての絶対的影響力を喪失した結果、
都市ではやがて、職業や社会階層によって相互に異なる、
多様な時間サイクルが交錯するようになった
・労働時間・非労働時間の厳密な区分は、
人びとの気晴らしと休養、娯楽のための時間を、
終業後の夜間へとシフトさせていた。
・人びとが「夜」のなかに新たな活動時間を見出していく過程において、
夜間照明の本格的な導入が、なによりも決定的な役割をはたした
・マリア・テレジア以降の国内産業保護政策のなかで、
奢侈にたいする禁圧は、
国産品の消費と国内の貨幣流通を阻害する要因として、
はじめて批判の対象となる。








 
 

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