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『超国家主義の論理と心理』
丸山眞男 著 
2015年刊 岩波文庫



 


たいへん皮肉で、逆説的なことであるが、
ファシズムは民主化の進展によって生まれる。
民主主義の混乱と混沌から生まれる。
市民が、国民が、大衆が
とりとめのない議論や延々と続く停滞にうんざりして
どうしようもなく閉塞した時、
ファシズムは颯爽と登場する。
集権化された組織で一元的に社会を統治し、
マスメディアを駆使して社会を華麗なスローガンで塗り替える。
社会は工場化し、学校化し、官僚化し、軍隊化する。
金持ちの財産は没収し、怠け者には規律をたたきこむのである。
とてもわかりやすい新秩序による社会の再編である。
ファシズムは社会を鍛え直す。
だからファシストは国民的人気に支えられる。
問題はファシズムにはブレーキがないことである。
ファシズムは今も滅びていない。
人々が現状打破を求めて渇望すれば
いつでも颯爽と登場してくれる。
それはいつまでも民主主義の選択肢のひとつとして
いつも人々と社会に寄り添い続けるのである。


 



以下、本文より・・・

超国家主義の論理と心理

・「新しき時代の開幕はつねに既存の現実自体が
如何なるものであったかについての意識を闘い取ることの裡に存する」
←ラッサール
・国家主義の基礎をば、かかる内容的価値から捨象された
純粋に形式的な法機構の上に置いている
・かくして形式と内容、外部と内部、公的なものと私的なものという形で
治者と被治者の間に妥協が行われ、
思想信仰道徳の問題は「私事」としてその主観的内面性が保証され、
公権力は技術的性格を持った法体系の中に吸収された
・第一回帝国議会の招集を目前に控えて
教育勅語が発布されたことは、
日本国家が倫理的実体として価値内容の独占的決定者たることの
公然たる宣言であった
・国法は絶対価値たる「国体」より流出する限り、
自らの妥当根拠を内容的正当性に基礎づけることによって
いかなる精神領域にも自在に浸透しうるのである
・「私事」の倫理性が自らの内部に存せずして、
国家的なるものとの合一化に存するという
この論理は裏返しにすれば国家的なるものの内部へ、
私的利害が無制限に侵入する結果となるのである。
・彼らに於ける権力的支配は
心理的には強い自我意識に基づくのではなく、
むしろ、国家権力との合一化に基づくのである。
・国家的社会的地位の価値基準は
その社会的機能よりも、天皇への距離にある
・軍人の「地方」人!に対する優越意識はまがいもなく、
その皇軍観念に基づいている。
しかも天皇への直属性ということから、
単に地位的優越だけでなく
一切の価値的優越が結論されるのである。
・ひとり軍隊だけでなく、日本の官庁機構を貫流する
このようなセクショナリズム ・各々の寡頭勢力が、被規定的意識しか持たぬ
個人より成り立っていると同時に、
その勢力自体が、究極的権力となりえずして
究極的実体への依存の下に、
しかも各々それへの近接を主張しつつ併存するという事態
―さるドイツ人のいわゆる併立の国―
がそうした主体的責任意識の成立を困難ならしめたことは否定できない。
・「陛下の御光を受けてはじめて光る。
陛下の後光がなかったら石ころにも等しいものだ。
陛下の御信任があり、この位置についてゐるが故に光ってゐる。
そこが全然所謂独裁者と称するヨーロッパの諸公とは
趣を異にしてゐる」
←東條首相 第81議会の衆議院戦時行政特例法委員会


日本ファシズムの思想と運動

・ファシズム運動に近い団体の発生は大正8、9年頃から
急激にふえて来ています。
丁度世界大戦後のデモクラシーの主張が蔓延しますと同時に
そのデモクラシーの主張が
ロシア革命の影響をうけて急激に急進化する
・猶存社の綱領には、「革命日本の建設」
「改造運動の連絡」「亜細亜民族の解放」等が掲げられ、
ここで前のグループのごとき単なる反赤化運動にとどまらず、
国内改造と国際的主張とを一本に結ぶ
本来のファシズム・イデオロギーが明白に現れるようになりました。
・満州事変から2.26事件までが、
時代として一つのまとまりを示していることは
説明するまでもないと思います。
準備期において蓄積された急進ファシズムのエネルギーは、
国内における恐慌と、国外における満州事変・上海事変の勃発、
国際連盟の脱退等による国際的危機の切迫という両面の圧力によって
この時期に集中的に爆発するのであります。
・資本主義も社会主義もともに
物質主義という同一の地盤に立っているから、
社会主義は現代文明の弊を真に救済しえないこと、
社会主義やマルキシズムは資本主義と
一つ穴のむじなであること
―こういう批判の仕方はナチスや伊太利ファシズムの
イデオローグが殆ど異口同音に述べているところと酷似しております。
・現実に歴史的事実として
日本国家が古代の血族社会の構成を
そのまま保持しているというふうにとかれていること。
これがとくに日本のファシズム運動の
イデオロギーにおける大きな特質であります。
この家族国家という考え方、
それから生ずる忠孝一致の思想は
夙に明治以降の絶対国家の公権的イデオロギーであって、
何もファシズム運動の独占物ではない
・日本のファシズム・イデオロギーの特質として
農本主義的思想が非常に優位を占めていること
・右翼の中にも二つに分かれまして、
むしろ高度の工業的発展を肯定して
是に国家的統制を加えようとする考え方と、
これを真向から否定して農村に中心をおこうとする
純農本主義の考え方をとる一派があります。
そして多くの右翼にはこの両者が雑然と混在しておるのであります。
・工業の発展もいちじるしく跛行的となり、
そのために、明治以降この急激な中央の発展に
とりのこされた地方的利害を代表した思想が
たえず上からの近代化に対する反撥として出てまいりますが、
この伝統がファシズム思想にも
流れ込んで来ているということが大事な点です。
・折衷的態度がファシズムに共通した点で、
この点がファシズムの主張を甚だしく非論理的な、
と同時に、空想的なものにしておるのであります。
・世界的にファシズムの通有傾向であるところの、
強力な権力の集中と国家統制の強化への志向が、
日本の場合には、農本イデオロギーによって屈折を受けたために、
こういう複雑な相貌を呈するわけであります。
・兵隊の精髄と考えられたものが、
農民とくに東北農民であった
・「農村は陸軍の選挙区」
←徳富蘇峰
・ファシズムが観念の世界から
現実の地盤に降りて行くに従って
農本イデオロギーはイリュージョンに化していくのであります。
・日本資本主義の構造的特質と
生産力拡充の絶対要請との矛盾、
日本的家族制度の地盤としての農村を
この未曾有の総力戦の怒涛のなかに守り通そうとする
支配層の苦悩と焦慮
・他面消極的には、工業労働者への厚生施設に対する配慮を
絶えずチェックするという役割を演ずるのであります。
これは非常に重要なポイントでありまして、
この点日本とナチス独逸のファシズムとの間の
決定的な違いであるとさえ思われます。
・「たゝかひは創造の父、文化の母である」
「国民生活に対し現下最大の問題は農山漁村の匡救である」
←『国防の本義とその強化の提唱』昭和19年10月
・徴用工の大量的不良をもたらした。
そうしてそれをカヴァーするものは観念的激励演説と
厳罰主義のコンビネーションでありました。
・日本ファシズム・イデオロギーの第三の特質としては、
いわゆる大亜細亜主義に基づくアジア諸国民の解放
・軍部乃至官僚勢力と結びつくに至って
はじめて日本政治の有力な因子となりえた
・志士が先端に立って破壊行動をやれば
あとはどうにかなるという、
いわば神話的なオプティミズムが
たえず急進ファシズム運動を支配している
・ナチスでは大衆を組織化し、
その組織のエネルギーによって
政治権力を奪取したのですが、
日本の「下から」のファシズム運動は
ついに最後まで少数の志士の運動におわり、
甚だしく観念的、空想的、無計画的であったこと、
むろん神話的要素や選良の思想はファシズムに共通しております
・彼らの「小宇宙」においてはまぎれもなく、
小天皇的権威をもった一個の支配者である。
←町工場の親方、小売商店の店主、小地主、下級官吏など
←日本のファシズムの社会的地盤となった層
・国家的統制乃至は支配層からのイデオロギー的教化は
一度この層を通過し、彼らによっていわば翻訳された形態において
最下部の大衆に伝達されるのであって、決して直接に民衆に及ばない。
・インテリ層と国民一般との知識的乖離を鋭く露呈
←天皇機関説に対する反応
・岩波文化があっても、社会における「下士官層」は
やはり講談社文化に属している
・急進ファッショ運動のけいれん的な激発はその度毎に
一層上からのファッショ化を促進する契機となったのであります。
支配機構の内部から進行したファシズムは
軍部、官僚を枢軸として、こういう急進ファッショの
社会的エネルギーを跳躍台として
一歩一歩自分のヘゲモニーを確立していった
・急進ファシズム勢力を弾圧すると共に
軍の外に対しては急進ファシズムの脅威をえさにして
軍部の政治的要求を次から次へと貫徹してゆく
・2.26事件は新統制派が
従来急進的な青年将校をバックにしていた皇道派を弾圧し
て自分のヘゲモニーを確立するきっかけを与えた
ということだけはほぼ断言出来る
・結城〔豊太郎〕さんが「これからは軍部とだき合ってゆきたい」
という有名な言葉を吐き、抱合財政という名はここから
・財界と軍部との利害が接近し
独占資本と軍部との抱合体制が完成して行く
・「下意」ということは我が国体の上で
あるべきものでないという批判が起って、
下情上通と改められました。
もっていかに一片の「下から」の色彩も嫌悪されたかが分かります。
・日本ファシズムの最後の段階において
議会においても最も反政府的立場に立ち、
最も批判的な言動に出たのは、
皮肉にも、日本ファッショ化の先駆的役割をつとめた
民間右翼グループだったわけであります。
・民主主義革命を経ていないところでは、
典型的なファシズム運動の下からの成長もまたありえない
・「赤化」の脅威ということが当時支配階級の宣伝したほどの
現実的なものであったかは多分に疑問です
・最高度の技術と最もプリミチブな技術とが
重層的に産業構造の中に併存している。
こういうように歴史的に段階を異にした生産様式が重なり合って、
しかも相互に補強し合っている。
このことが政治的には日本の民主主義的な力の生長を
決定的に妨げたわけです。
←高度な独占資本と零細農、家内工業
・右翼指導者を
「封建時代の浪人とシカゴのギャングのCrossである」
といっているのは至言です。
←フリーダ・アトリー『日本の粘土の足』
・政党政治の理論的根拠を否定する意味を持っておりましたので、
政党がその音頭をとるということは、
文字通り自殺行為以外の何物でもなかった。
こういうところに既成政党の悲劇或は喜劇的な役割があったのであります。


軍事支配者の精神形態

・「熱狂主義(ファナティズム)と誇大妄想病に罹った
死物ぐるいの狂人たちがなした選択は、
外交とか戦略とかいった種類の問題ではなく、
むしろ精神病理学の問題とした方が説明がつき易いのである」
←F・シューマン アメリカの国際政治学者
・太平洋戦争勃発に至る政治的動向は、
開戦の決断がいかに合理的な理解を超えた状況に於いて下されたか
・「人間たまには清水の舞台から眼をつぶって飛び下りることも必要だ」
という登場の言葉に端的に現れているような
デスペレートな心境の下に決行された
・非合理的決断の厖大な堆積として現れて来る。
・戦争を欲したにも拘らず戦争を避けようとし、
戦争を避けようとしたにも拘らず
戦争を敢えて選んだのが事の実相であった
・われわれはそうした平凡な事柄が
かくも巨大な結果を産み出したことに対して
つねに新鮮な驚きと強い警戒感を忘れてはならないのである。
・あの法廷に立った被告たちは
むしろ彼らが地位の上で遥かに見下していた
官民大小の無法者たちに引き廻された
哀れなロボットであるといってもいいすぎではない。
・「これらの人達は、犯罪の方法を完全に鍛えられ、
その犯罪以外の方法を知らない、
犯罪環境の屑であるニュルンベルグ裁判に立った
一部の有力者の如き破落漢(ならずもの)
ではなかったのでありまして、
これらの人達は国家の粋であり
国家の運命が確信的に委任されていた
正直にして信頼された指導者として考えられていたのです。
←フランク・ダウナー検察官
・絶望的な行動に出る場合でも
日本の場合にはいわば神経衰弱が嵩じたようなもので、
劣等感がつねに基調をなしている
・「それでは答にならない。妥当な答はイエス或はノーです」
という言葉が一体幾度全公判過程を通じて繰返されたろう。
・「かかる複雑なことはしかりとか否ではなかなか答えられない」
←大島中将・元駐独大使
・一つは、既成事実への屈服であり
他の一つは権限への逃避である
←被告たちの自己弁解
・自ら現実を作り出すのに寄与しながら、
現実が作り出されると、今度は逆に
周囲や大衆の世論によりかかろうとする
態度自体なのである。
・重大国策に関して自己の信ずるオピニオンに
忠実であることではなくして、
むしろそれを「私情」として殺して
周囲に従う方を選び又それをモラルとするような
「精神」こそが問題なのである。
・日本の最高権力の掌握者たちが
実は彼等の下僚のロボットであり、
その下僚はまた出先の軍部や
これと結んだ右翼浪人やゴロツキにひきまわされて、
こうした匿名の勢力の作った「既成事実」に
喘ぎ喘ぎ追随して行かざるをえなかったゆえんの
心理的根拠もかくて自ずから明らかであろう。
・ギャングの処罰によってでなく、
逆にこれと妥協によって不法な既成事実を
承認せざるを得ない迄に「威信」を
失っている軍の実情がここに暴露されている。
・処置の採用を迫る根拠はいつもきまって
「それでは部内がおさまらないから」とか
「それでは軍の統制を保証しえないから」
ということであった。
・国民がおさまらないという論理は
さらに飛躍して「英霊」がおさまらぬ
というところまで来てしまった。
過去への繋縛はここに至って極まったわけである。
・日本の社会体制に内在する精神構造の一つとして「抑圧委譲の原理」
←上位者からに抑圧を下位者に
順次委譲していくことによって
全体の精神的バランスが保持されているような体系
・下剋上とは畢竟匿名の無責任な力の非合理的爆発であり、
それは下からの力が公然と組織化されない社会においてのみ起る。
それはいわば倒錯的なデモクラシーである。
・抑圧委譲原理の行われている世界では
ヒエラルキーの最下位に位置する民衆の不満は
もはや委譲すべき場所がないから必然に外に向けられる。
・軍の政治介関与が軍務局という
統帥と国務の触れ合う窓口を通して
広汎に行われたことは更めて述べるまでもなかろう。
・「この共同計画の実施中に執られて
最重要な行動のあるものに対して、
内閣の中に誰一人として
責任をもつものがないということになる」
←ダウナー検察官
・日本帝国は崩壊のその日まで内部的暗闘に悩み抜く運命をもった。
・「絶対君主でさえも、いなある意味ではまさに絶対君主こそ
官僚の優越せる専門知識に対して最も無力なのである」
←M・ウェーバー 『経済と社会』
・近代の君主制は表面の荘厳な統一の裏に
無責任な匿名の力の乱舞を許す
いわば内在的な傾向をもっているのである。
・一は「神輿」であり二は「役人」であり
三は「無法者」(或は「浪人」)である。
神輿は「権威」を、役人は「権力」を、
浪人は「暴力」をそれぞれ代表する。
・神輿―役人―無法者という形式的価値序列そのものは
きわめて強固であり、従って、無法者は自らをヨリ「役人」的に、
乃至は「神輿」的に変容することなくしては
決して上位に昇進出来ないということであって、
そこに無法者が無法者として国家権力を掌握した
ハーケンクロイツの王国との顕著な対照が存するのである。
・これは昔々ある国に起ったお伽話ではない。


ファシズムの現代的状況

・高度資本主義国家ではあるが、比較的に近代国家の形成が遅れ、
それだけ急激な資本主義化が行われたために、
国内、ことに農業部面に封建制が根強く残り、
政治にもデモクラシーの経験を長く持たないような
国にだけ見られる特殊現象
・ファシズムという現象が、決して近代社会の外部から、
その花園を荒らしに来た化け物ではなくて、
むしろ近代社会、もっと広くいって近代文明の真只中から、
内在的に、そのギリギリの矛盾の顕現として出て来たということ
・(ファシズムは)その社会を反革命と戦争の目的のために
全面的に組織化しようとする内在的傾向をもっております。
・しらみつぶしに解体させた上で、
あらためて指導者主義に則った上からの
単一的な階層組織のなかに強権的に統合しました。
これによって国家全体をば、一つの軍事組織
―いわば全く均質的な粒子からなる巨大な火の塊―
に改造したのです。
・ファシズム的抑圧の特質はどこにあるかというと、
第一に、それがなんら積極的な建設や理想目標の達成のための
「止むをえぬ害悪」として行われるのではなく、
むしろ国内国外の反体勢力の圧服ということ自体が目的化しており、
そこから容易にこうした反革命なり戦争なりの組織が
組織自体として絶対化されるというニヒリズムが発酵するという点、
第二に、その抑圧の仕方が、単に反対勢力をつぶすだけでなく、
およそ市民の自発的活動の拠点やとりでとなるグループ結成を妨げ、
こうして社会的紐帯からきり離されて類型化されたバラバラな個人を
「マス」に再組織するという行き方を多かれ少なかれ取る点、
この二点にとくにその顕著な特色が見られるように思います。
この第二の点がつまり私のいう同質化にあたるわけです
・およそ人間の社会活動に個性を付与する要素を一切取りさった、
砂のように無性格・無規定な人間の量的な塊です。
・むしろ現代社会の矛盾から発生した社会主義や共産主義に対する
ヒステリックな痙攣的反応とでもいうべきものだからですから、
そうした矛盾、例えば階級対立・恐慌・失業・植民地問題
といったものを根本的に解決する理論や施策をもたず、
現実にも日独伊などのファシスト国家は戦争に訴えるほか、
これを解決できなかったので、
本当は「革命」でも「新体制」でもないのです。
・アメリカをはじめ各国の実業界が出している
色々の文章を詳細に分析して、
それが「内容と観点においてドイツ・ナチの
綱領と立論の線が殆ど同一である」という断定を下したのも
決して突飛ではありません。
←ロバート・ブレイディー アメリカの経済学者
・テクノロジカル・ニヒリズム
←悪しき社会的役割でも仕事のために仕事をするエキスパート
・エキスパートに対する度を超えての
無批判的信頼が近代人の特色の一つ
←エーリッヒ・フロム
・現代生活において国民大衆の政治的自発性の減退と
思考の画一化をもたらす大きな動力があります。
それはいうまでもなくマス・コミュニケーションの発達による
われわれの知性の断片化・細分化であります。
現代の新聞・ラジオ・映画・大衆雑誌等は、
多かれ少なかれ人々の知性を原子化(アトマイズ)作用をします。
・購買者が暗示や自己欺瞞によって、自主的な判断でもって
ある商品を選んだかのように錯覚させるのです。
現代のマス・コミュニケーションとそれに支えられた政治権力は、
基本的には全くこれと同じ手段によって
国民の政治的思考を類型化し画一化し、
いわゆる「世論」を作り出して行くといえるでしょう。


E・ハーバート・ノーマンを悼む

・彼がバークやトクヴィルをひきながら、 歴史における皮肉や悲劇は
「大きく抗いがたくなった変化を
暴力によって押えつけようとする場合」
に起こると述べている
←『クリオの顔』


「スターリン批判」における政治の論理

・人々の拠って立つ生活基盤の安定性が大幅に喪われ、
あれこれの問題ではなくて、
社会の「原理」そのものが問われているような時代には、
挑戦し、挑戦されるインタレストは
決して狭い意味の経済的なそれにはとどまらないで、
多年にわたってその社会に根を下した生活様式や
人々が自明として疑わなかった価値感情が、
同時に根底的な動揺に曝されるために、
いわば慢性の熱病状態がその時代の精神風土の特徴となる。
・「宗教戦争は分析すればするほど元来の意味での宗教の要素は希薄になる」
←H.R.Trever-RoperまたはH.Jラスキ『信仰・理性・文明』再引用
・「はじめに党ありき」ではなく、
また党はそれ自体どんな状況でも前衛なのでもなく、
党がプロレタリアートを指導する過程において、
その組織活動を通じて前衛党であることを
不断に証示して行くというのがレーニンの弁証法であった。


ナショナリズム・軍国主義・ファシズム

・それは通常目的意識性と自然成長性の両契機を具え、
その濃淡はピラミッド型に分布し、
頂点においては組織的=体系的な理論ないし学説が位置し、
底辺においては非合理的で断片的な情動(エモーション)
ないし行動様式に支えられている。
イデオロギーの政治的エネルギーは底辺から立ちのぼり、
政策への方向づけは頂点から下降する。
したがって底辺に支えられない頂点は
政治的イデオロギーとしては空虚であるが、
反対に頂点の合理的指導性を欠いた底辺は盲目である。
・テクノロジーの飛躍的な発展に裏付けられた
大衆デモクラシーの登場は、
政治過程への厖大な非合理的情動の噴出をもたらしたので、
イデオロギー闘争はこれまでに比べて
底辺からの牽引力を急激に増大した。
・コンミュニズムに対するロシアや中国の大衆的支持の理由を
ファシズムの場合と同じように、もっぱら権力による
マス・コミュの系統的利用に求める通俗的見解が、
歴史的に支持されないことをアイザック・ドイッチャーが明快に説いている
・ナショナリズムは本来きわめてエモーショナルで
かつ弾力的な概念であるため、抽象的に定義することは困難である。
・そうした用語の混乱自体のうちに、
近代の世界史の政治的単位をなしてきた民族国家
(あるいは国民国家)nation stateの
多様な歴史的足跡が刻印されている。
・19世紀のヨーロッパ大陸の歴史は
こうしたミドル・クラスを担い手とするナショナリズムが
王朝的正統主義を一歩一歩と排除していった過程にほかならない。
その過程の最終的完成が第一次大戦における
オーストリア・ハンガリア帝国
―それは「諸民族の牢獄」とよばれていた―の解体であり、
ヴェルサイユ条約において民族自決主義は公的に原則化された。
・伝統と利益が、どちらかといえば
限定的、特殊化的な性格をもつのにたいして、
使命感は普遍化への衝動がつよく、著しく外向的である。
(しばしば汎ゲルマン主義とか汎スラブ主義
といった形と結びつき、多く選民思想を随伴する)
・ナショナリズム運動は愛国心の精神構造からも窺われるように
自愛主義(自我の“くに”への拡大と投射)と
愛他主義(祖国への献身と犠牲)の感情を
ともに比較的無理なく動員できる点で、
たんなる階級主義や人道主義に立脚する運動に比して
著しく有利な面をもつが、他面点火された
大衆の激情はしばしば盲目的なエネルギーとして爆発し、
指導者自身これを制御しえなくなる危険性がある。
・歴史はナショナリズム運動が
当初の指導者の意図と目的を超えて
自動作用を開始した幾多の事例を教えている
・軍国主義は手段としての軍事力と軍隊精神が、
それ自体目的化するところにその顕著な特性がある。
・あらゆる軍国主義に共通するこの精神主義は、
そこに内在する矛盾によって
まさにその反対物に転化する宿命をもつ。
すなわち軍人精神の高揚は、
軍の規格性、劃一性の要請に面して
もっとも没精神的で非個性的な「員数」に還元され、
戯画化された形態においては
日本の「皇軍」に見られたように、
階級章・襟布・巻脚絆のつけかたや毛布の整頓などについての
まったく瑣末な形式主義として発現する。
・まったく質的規定を失って兵力量の差に帰着する。
一切をカーキ色に塗りつぶすところに
「軍国主義的国家観の最頂点としての戦争は
同時に国民的差異の最低点」
←ラートブルフ『法哲学』
・「規律ある発狂状態」(カール・リープクネヒト)
としての現代軍国主義
・ファッショ化の過程とはつまりこうした
異質的なものの排除をつうじての強制的セメント化
(ナチのいわゆるGleichschaltung)
・これがそのまま帝国主義戦争のための
国家総動員体制を確立する役割を果たす
・特定の贖罪山羊(スケープ・ゴーツ)
(赤・ユダヤ人・黒人・仮想敵国)に集中し、
他方では不満をスポーツ・映画・娯楽・集団旅行
などによって霧散させる
・大量の失業者、困窮した商人、小企業者、青年層を
徴兵や勤労奉仕ないしは軍需産業労働力として動員して、
変態的な「完全雇用」を実現する。
こうして大衆は不安と絶望と孤独感からの脱出を
ファシズム統制への盲目的服従のうちに求めるようになる
・「合意による支配」government by consent
という近代的原理をいつしか
「劃一化の支配」government by uniformityにすりかえる
・ファシズムの「政策」に好都合なイデオロギーが動員されるのである。
政治行動における「教条主義」の危険が、
そもそものはじめからないところの
ファシズムとコンミュニズムとの原理的な相違が現れている
・ファシズムの運動と体制に暗くまつわるニヒリズム的性格
・ファシズムがつくりあげるあらゆる組織や制度は、
その積極的な目標と理想の欠如によって必然的に物神化する。


現代文明と政治の動向

・部分人は、総合的な、社会的な、政治的な判断力というものが、
だんだん解体していくという危険性に、いつもさらされている
・第一に「テクノロジーの飛躍的発展」、
第二に「大衆の勃興」、第三に「アジアの覚醒」
・近代的な技術文明、機械文明の発達によって
出現した社会的な現象のうちで、
最も基本的な現象は何かというと、
それは巨大な組織体、人間社会の組織体が
われわれの生活の中に登場するようになったこと、
言葉をかえていえば人間社会がますます官僚化し、
合理化していくということなのであります。
・形式的な機構的な合理化とは何か、というと、
それがどういう目的に奉仕するか、
それが実質的に良い目的か、
悪い目的かは問題にならない。
如何にして能率よく運転するか、
また、そういう組織全体が能率のあがるような
運転がなされているか、だけが問題なのです。
・組織化が進行すればする程、組織が合理的になればなる程、
少数の者に実権が集中してくる。
ミヘルスはこれを「寡頭支配の鉄則」と名づけております
・先程、形式的意味における官僚化の傾向が
イデオロギーの相違を越えた一つの近代社会の内在的な、
必然的な傾向であると申しましたが、
実質的な官僚化もイデオロギーの相違を越えて、
その危険性が常にある
・われわれは一方においては
デモクラチックな多数者による政治を持ち、
他方においては
少数者によるテクノロジーの生産組織を持っている。
われわれの近代社会は
いわば二つに分裂した一軒の家のようなものである
←リンゼイ イギリスの思想家
・自由か統制かといった二者択一問題はなくなった。
計画的自由化か、計画的統制化かという問題は存在しない。
無責任な計画と、社会に責任を持った計画と
この二つしかない。
・自分の技術を役立てるものなら、
それがどんなに悪しき政治権力であっても奉仕する、
ということになりかねない。
こういう心理、これが
テクノロジカル・ニヒリズムであります。
・事実は中立という美名の下に、
一切の政治的な判断が出来ない、
そいう意味では偏頗な公務員を大量に生産する
・公務員という身分に、人間として、
市民としての側面がすっかり吸収されてしまう
・マスが大量的に政治の舞台に登場してきたのはきわめて新しい現象
・デモクラシーの発展が大衆の勃興の原因なのではなくて、
むしろ社会の普遍的な現象としての、
大衆の勃興というものにリベラルデモクラシーが
自分を適応させたといった方がいいのであります
・近代国家には、義務教育の普及、あるいは通信、
報道機関の発達、近代の工業都市の勃興、
その工業都市へ農村から人口が集中してくる。
こういう社会現象はことごとく
大衆の勃興ということの社会的要因になっている。
つまりヨリ能率的な生活形態、
都会における集団的な生活形態に推移したことによって、
一つの観念なり、一つの思想なり、
一つの事件というものが、
迅速に、殆ど時間的なズレがなく、
多数の人に一度に伝達されるようになった。
・非デモクラチックな大衆は、
きわめて一方的な考え方と行動しか教えられていないから
とにかく強硬論に支配される
・自分が煽っておいた国民的情熱に、逆に指導者が縛られて、
自由自在に政策を決定することが出来ない。
こういう奇現象が起るわけです。
・近代的なファシストは大衆の非合理的な激情を利用して
自分の独裁的な地位を固めていく。
つまり、逆説的な意味では、
民主的な独裁者、大衆的な独裁者というものが
歴史上はじめて登場してくる
・現代の広告技術と、
独裁者の政治的宣伝のテクニックというものは
恐ろしく似ています
・アジアの勃興、アジアのナショナリズムの動向ということは
非常にいろいろな問題をはらんでおりますけれども、
ここで重要なことは、それが個々の片々たる事件が問題でなく、
それが何百年に亘る世界史の不均衡を補填、是正しようという、
大きな天秤の平衡運動なんだということであります。
・最も原始的な、最も野蛮な目的と、
最も精密な、最も合理化された
近代的な科学文明が結合された、
こういう矛盾の上に成立ったものだ、
ということを忘れてはならない。



 
 

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