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『日本人の贈答』
伊藤幹治 栗田靖之 編著
1984年刊 ミネルヴァ書房


この本は1978年から1980年にかけておこなわれた
国立民族学博物館の特別研究「日本社会における贈答の数量統計的研究」の論文集である
第一部が贈答のメカニズムの理論的分析 第二部が実態調査の資料をもとにした実証的な論文 という形になっている。
執筆者は序説の伊藤先生を含め11名である。
ちなみに、伊藤先生はこのプロジェクトの運営責任者になったことがきっかけで
贈与交換の研究に深くかかわることになったとのことである(伊藤幹治 1995 『贈与交換の人類学』「あとがき」)


序説 日本社会における贈答の研究 伊藤幹治

・日本の贈答では、餅や米などといった食物の占める割合がかなり大きい
これは日本における贈答の起源が<神との共食>と深いかかわりをもっているからなのかもしれない。
・<神との共食>理論については、柳田國男「婚姻の話」にはじまり、和歌森太郎がいくつもの論文で発展させたもので、
その後も多くの民俗学者に支持され、定説化している。
しかし、そこには日本人の社会関係を反映した互酬性のメカニズムををあきらかにする視点と方法が欠落している。

・日本人の贈答行為の中に、<等質=等量交換>への志向性がかなりつよくはたらいている。
その志向性は「義理」の意識によって支えられているのではないか
・近世以来、日本の社会には、誕生や婚礼、葬儀、法事(年忌)などの通過儀礼のときに、
ひとびとから贈られた品物の量や金銭の額などを記録することが、社会的な習慣として定着している。
これも<等質=等量交換>へのこだわりからきているのではないか。
・そうやって残された贈答の記録は、日本の贈答研究にとってたいへん貴重な資料となっている(後述:第2部 第5章)


第1部 贈答の理論的諸問題


第1章 文化的概念としての「贈答」の考察 ハルミ・ベフ

・物質的贈与はもっと大きな交換システムの一部をなしているのであって、もののやりとりだけを見ていたのでは、全体的システムは把握できない
・「民衆の間には、共同性のコンテキストのなかに位置づけられた…独自なオーヤケの概念がけっして消滅することなく、脈々と生きつづけて」いる(安永寿延 1976)
・「義理とは日本の社会関係を規制する一定の生活規範」「集団のもつ生活規範に対する個人の立場や意志・感情は、人情として、これに対立したり順応したりするもの」
・「贈答」と呼んできた贈与行為は「かしこまった」ものであり、「贈答品」をとどけるのには「ハレ着」を着て行き、
とどける時日にも配慮を必要とする。また授受の場では、それ相当の儀礼が要求され、ある程度儀式化した口上が使われるのも「贈答」の特徴である。
・日本はj「上位優先」の文化である(有賀 1967)。
ワタクシより優先してオーヤケがあり、オーヤケの前にワタクシは滅し、人情を殺して義理を果たす義務が強いられてきた。
・冠婚葬祭と年中行事38% それ以外62%(1969-1970 京都を中心に72世帯の調査)
→「贈答」以外のもののやりとりの重要性
・贈与品には非市場価値があり、それが「潤滑油」とも言われる社会機能を果たしている
・神を迎えて祭る儀礼であった節句→世俗化して子供の日に
・のし、水引もハレの象徴であった→象徴とハレの分離が起きて信仰のないところでも使われるようになった
「聖」と「俗」を対立的カテゴリーとするデュルケムの理論は日本にはあてはまらない


第4章 経済社会と贈答 端信行

・贈答は社会的慣習であるとともに人間の経済行為のひとつ
・おおくの民族社会において経済が社会(的慣習)の中に埋めこまれている(これらの社会の経済の原理をポランニーは互酬性として把握)
・現実の消費主体は、ひとつひとつの消費の場面においてこのふたつの文脈(文化価値的文脈と経済価値的文脈)の拮抗したバランスの中で判断し消費している
・消費世界の三つの概念領域:1.生活的必需=市場価格、2.社会的必要=相場的価格、3.精神的満足=非価格 
贈答行為は2のソシアルな領域
・贈答もしくはそれに類する行為には、扶助的、交換的、贈与的の三つの分類が可能

・多目的貨幣(一般的な貨幣)と特定目的貨幣(ある目的にしか使えない貨幣)
・非貨幣社会にあっては、この消費のうちの他者に分配する行為、つまり贈答行為そのものがしばしばその社会の流通機構そのものであった
・贈答とは消費行為における自らの財を他者に分配する行為だと考えることができ、それは非貨幣社会にあってもわれわれの社会にあっても同じ原理で成りたっているもの
・日本の贈答の特徴
1.ポリネシア型である:贈答を生起させる場面に類似性(通過儀礼や疾病の際など)
2.家族(「イエ」)を代表して行われる傾向が強い
3.貨幣への信頼度というか依存度がきわめて高い


第5章 物の贈答・言葉の贈答 小川了

交換という行為こそ人間の社会生活の根幹をなす、という考えはもはや常識化したといってよいであろう
・「行為主体が自発的意志に基づき、何らかの目的をもって、他の行為主体に対し、物・情報・機会など社会的交換可能な資源の移転を媒介にして、意味伝達を行う社会行動の一タイプ」(井上 1979)
・贈答とは一見したところ、友好的な関係を創出し、維持するためだけになされているかのごとくであるが、表面的な現象としての贈答が進行すると、
それと同時に、より深い次元では支配・被支配の関係が作り出されてゆく ・贈答とはつまるところ上下の関係を基礎にしたコミュニケーションである

・あいさつは根本的に非合理(オルテガ 1969)
1.すでにつくられたものとして、われわれはある特定のあいさつの形式に従うほかない
2.自発的な意志にもとづくわけでなく、受け入れるほかはないものとして行っている
3.あいさつをする際に、自分達が今何をしているのか理解しておこなっているわけではない

・人間が接近する際の危険を相殺するテクニック、それの洗練されたものがあいさつ
・「言葉による共感」「話すことによる一体化」(マリノフスキー 1951)
・「挨拶」という言葉は禅僧によって中国から輸入された近世の漢語(柳田 1963)
・挨は押す、拶は押し返す→受け答え ・あいさつは目下の者から目上の者へ、つまり下から上へと向かうという形はかなりの普遍性をもった現象
・現代日本の社会で、あいさつほど混乱して定式のなくなったものも少ない(青木保 1972)
・日本各地の祭りの宴において、無礼講という現象がみられるのも、身分や地位の上下を一時的に無の状態にひきもどし、
いわば始原の混乱にもどった中で交流を一層深いものにし、その上で新しい出発を目指すという意味をもっているのであろう
・(トゥルカナ族では)遭遇した二個人間には通常のあいさつはとり交わされない代わりに、そこに生ずる緊張をときほぐす働きをしているのはタバコをねだる行為(伊谷純一郎 1980)


第2部 社会関係からみた贈答


第1章 西欧人からみた日本人の贈答風俗 ヘルムート・モーズバッハ

・(西欧では)贈る側は返礼の時期や価値についてそれほど問題にしない
→利他行為が最後の審判で考慮される→贈り手と受け手という対人関係を越えたところにある均衡の概念
・西欧人が現金を贈答品としてうけとったとしたら何か下心があってのこと、ほとんどの人が思うだろう
・日本と西欧諸国の贈答の違い
1.集団の結合がたいへん重視されている
2.儀式ばったやり方でさしだされる贈答品が、非言語的コミュニケーションに効果的な役割をはたす
3.継続性の重視
4.理想的な贈答品と実際的な贈答品のあいだにほとんど差がない


第4章 贈与交換と親族組織

・(盆に親に贈る品物を)<イキミタマ>と称する地域が各地にある(桜田 1967)
・贈り物のもつ霊的力も、おそらく「貰いっぱなしは良くない」という気分的なもの以上の存在としてあるかもしれない

・かつて沖縄では贈与の対象として、自家製のあるいは少なくとも島内産の物品が用いられてきた。
しかもそれらの持参にあたっては。<オー>と称する青もしくは緑の葉をのし状に結んで渡したとも伝えられる
・「のし紙や水引はまさに神供にそえられた注連縄に相当するものであった」(桜井 1978)
・贈る品物に「霊」が内在するという贈与交換のもつ本質的な役割は、贈った側と受けとる側の資格としての同質化をめざしたものとも考えられようし、
結果として所与の組織上の水準における同類・連帯の証にもなりえる


第5章 死と贈答 石森秀三

序説で述べられていた近世以来残されている贈答の記録を使った研究である。

・長野県下伊那郡上郷町もM家の1846年から7代にわたる祝儀帳と不祝儀帳
・赤飯は葬式見舞品としてよくもちいられている。1846年の事例で4割
1861年貨幣が急増、全体の64%に。村札や酒札などの村内流通用の信用券もふくめると76%
・上伊那郡朝日村の1864年の葬式見舞品では貨幣は31%(有賀 1968)
・死後2週間めの淋見舞では貨幣は用いられず飯類が多く昭和になってから菓子類に変わった。
・新盆見舞では小麦製品が多かった(盆の頃は米の収穫前)が明治末期から貨幣が増え1961年には貨幣が100%に。
・かつての見舞においては、赤飯・混ぜ飯・おはぎ・うどん・まんじゅうなど各家庭でつくられた物品が主流を占めていた。
しかし、見舞品の単一化がすすむにつれて、それらの物品の贈答がおこなわれなくなり、貨幣に単一化されたのである。

・親族関係一般は「シンルイ」、父系出自でたどれる血縁関係のイエは「ウジガミ」と呼ばれる(共通の氏神を祭祀する集団)
・分家の親族はM家から独立するに際して、多大の義理が生じたために見舞いの回数を多くして義理を返している
・社縁関係がもっとも早くから貨幣化している

 

 
 


 
 

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