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『贈答の近代』
山口睦 著
2012年刊 東北大学出版会 若手研究者出版助成刊行書籍


著者は1976年生れ
この論文を完成させた当時は32歳
若手の優れた研究者である

江戸時代の香典帳の集計や
戦時中の慰問袋の中身の分析といった
地味な研究をひとりで積み重ね
(2001年〜2008年)
文化人類学における贈与研究や国内の研究成果も
しっかり受け継ぎながら
贈答の過去から現在、そして少し先の未来までを
見渡している。

戦争が贈答習慣に与えた影響については
やや飛躍も感じられるし
少々ジェンダーに重心が偏っている気もする
出産祝いが女性名で届けられるのは
近年の晩婚化の問題とも関連するだろうし
中国ではイエより個人中心だという点も
共産党革命から文化大革命、
現在の急激な都市化を考慮しなければならないだろう
とも思う
贈与の「ゲーム化」というのはわかったようでわからない。
けれど、それでも
日本の贈答研究を確実に一歩押し進めたものとして
この分野では現在最も注目されるべき研究のひとつではないだろうか。
(地味だけど…)


序論
・近代日本の贈与領域
1.伝統的贈与領域:ハレ・ケガレ、オーヤケ、義理、建前などの概念に対応。
具体的象徴として水引や熨斗紙などがあげられる
2.個人的贈与領域:バレンタインデーやクリスマス、誕生日などの新たな贈与機会。
洋包みやリボンに象徴される
3.公共的贈与領域:社会関係のない共同体内の子供や乞食などへの寄付、喜捨、寄進など
4.国民的贈与領域:軍隊にともなう国民と兵士の間で行われた従軍兵士への餞別、見送り、慰問袋など





第1章 贈与交換についての研究史と研究課題
・パプア・ニューギニアの諸社会の土着の経済に対する植民地化の衝撃は、
破壊ではなく、むしろ贈与経済が「開花」し盛んになった(グレゴリー)
・今日、豚は商品として購入され、そして、明日には贈り物として使用される。
まさにこの両義性のために、市場経済と贈与経済という二元論的コンセプトは、
両者を明確に区別した従来の領域とともに放棄されるべきである(グレゴリー)

・無貨幣社会(A)→貨幣社会(B)→市場社会(C)という移行
・B社会は貨幣はあるが価値尺度として不十分(近世日本)
・米が近世の日本において、物質貨幣として機能していた
・小判や大判など金属貨幣は贈り物としても使用されていた
・C社会においても「商品化」から排除されるものがある
公的土地、記念碑、国宝、政治権力の道具など

金属貨幣はもとは厭勝銭(まじない銭)として鋳造された可能性(中国)
・嫁入りや野辺送りで銭をまく風習が現代にも残る(石川県)
金封は村落レベルでも少なくとも近世には普及していた(小笠原流礼法)


第2章 村落部における文字と贈与
・識字率の高さや行政制度のため、日本では村落部においても世界に希なほど大量の文字記録が残されている
・山形県南陽市の農家の1814年から200年間の贈答記録
・(火事見舞いを受けたと)「記録にあるから贈る」という意識。記録が人間に贈与させる根拠となる=「文字の物神性」


第3章 葬儀にみる伝統的贈与
・手伝いとして常時100人(葬式の執行にかんするもの。会葬者は100〜200人。1940年代まで)
・1952年の葬儀の香典は276件、1977年の葬儀では400件
→手伝いの減少と会葬者の増加(火葬の普及と葬儀者の登場による)
→(商用化と合理化の普及/葬式組としての地縁・血縁の繋がりが希薄化


・贈り物選択の規範として
「貨幣でなければならない機会」
「貨幣であってはいけない機会=品物であるべき機会」
「特定の品物を贈るべき機会」などの規範が存在する

・香典の「貨幣化」は
1.「貨幣のみ」と「品物のみ」の併存(1814〜1855年) (1800年代前半でも貨幣のみ60〜80%ある)
2.「貨幣と品物を合せて」もっていく(1882〜1950年)
3.「貨幣のみ」(1952〜1984年
) というプロセスを経る

・第二次大戦後の日本の葬儀習慣の個人化の3段階(村上 2005)
1.葬列(野辺送り)から告別式への中心儀礼が変化
2.葬式組から葬儀社へ葬儀の実働補助が変化
3.土葬から火葬への変化


第4章 従軍にみる国民的贈与
・日本の徴兵制 1873年〜1945年(72年間)
・「農家の次男」を生まれ育った地域社会の一員から、
「兵士」「国民」へと転換する装置として機能した
←旅立ちの餞別という贈答習慣+訓示、国旗掲揚、万歳
・「従軍」を契機とすることに基づく社会関係や贈与行為は、
一回性、一方的であり、既存の社会関係の外にあり、
従来のイエや個人を単位とした社会関係の内にある 伝統的贈与、
個人的贈与とは異なる近代に特徴的なカテゴリーである


第5章 慰問袋にみる国民的贈与
・“日本国民”1人1人が手紙を書き、慰問品を作りあるいは購入し、
慰問袋としてパッキングし、送るという行為を通して直接兵士と結びつく
「慰問袋が兵士の士気を高めると同時に、 『銃後』を守る人々の協力体制も強め、
それによって総力戦の体制の維持が図られるという一石二鳥の効用を持つ、
日本独自の『戦略』」(藤井 1985)

・慰問文や文例集のなかでも女学生が書いたものをとりあげ、
そこに男たちを戦争へと駆り立てる「妹の力」を見出している(田中丸 2002)
・(慰問袋や千人針は)「国民」として「兵士」に対して行った一方的な贈与行為
・人形は冥婚を意識したもの(田中丸 2002)
・慰問袋という物質を媒介にした国民間のこの社会関係こそが、
戦時において「想像の共同体」たる近代国家を維持するために必要とされていたのである(アンダーソン 1997)
・国民支配が完遂したことにより共同体の崩壊がおこり、 個人はイエから自由になり、
さらに市場社会で独立した消費者としてふるまうということである
・イエを中心とした贈答領域は変質し、
伝統的贈与(domestic)領域は、個人を中心とした私的(private)領域へとシフトする


第6章 山村における農産物贈与にみる個人的贈与
・昭和初期の農村では、贈答には商品を用いるのが望ましいとの考えがあった
昭和初期において「生業=贈り物」ではなかった
・栽培していなくても贈り物になる米・餅製品(ハレの食物) 栽培していても贈り物にならない雑穀
・「一人やると、皆して追っかけでやったのよ」←餅という象徴的形態を離れた正月の贈答品の流行に関して 
・かつては「餅が最高のおもてなし」→1980年代餅つき機の登場とどこでも販売されるようになり贈答としての価値が失われる
・「自家製」(売っていない)に希少性が見出される時代に ・資本制社会では、生産と所有が分離する。
資本主義経済の成立によって、 前近代では商品にならなかった、「土地」「貨幣」「労働」の市場が登場した。
・近代の経済生活は「万物の『価値形式化』を通して、 一切のものを物体的に計算可能にする『地平線』」(今村 2000)の上に 展開するようになった
「贈与」という行為自体が、物の「個別化」を決定的に引き起こすのである
・贈与行為は、モノを文化的存在にする「個別化」の大きな要素の一つである
・「手作り」の「贈り物」とは、二重の意味でモノを「個別化」している
・贈り物とは、行為、モノの両レベルでの「個別化」である





第7章 女こどもの贈与

・20世紀の日本社会に普及した新しい贈与機会であるクリスマスとバレンタインデーを事例として、
女こどもが家から飛び出て、贈与の主体として確立する
・現代でも葬式の記録では男性名表記が多いが出産祝いは男女半々になってきた
→贈答が女性のシャドウワークではなくなってきている

・日本におけるバレンタインデー
1.1936年 モロゾフが英字新聞に広告
2.不二家、メリーチョコレートによるセール
3.1960年代 森永製菓の大々的広告
4.1970年代後半 グリコ、明治製菓、ロッテが参入
→女性から男性への愛の告白という形が定着
5.1980年代 ホワイトデー登場
6.1980年代 義理チョコ
7.2000年代 友チョコとマイチョコ
→義理チョコ(1243円)<本命(3278円)<マイチョコ(3758円)2006年朝日新聞
・(自己贈与の登場は、孤立する現代社会の反映)

・神前結婚=家を中心にしたもの 教会結婚=個人と個人の契約

・前近代においてさまざまな共同体
―地縁を媒介とする地域共同体、
第一次産業を基盤とする村落共同体、
信仰を基盤とする宗教共同体、
政治共同体―の中に埋め込まれていた個人は、
徐々にばらばらにされ、生産はもとより、
消費においても一個の独立した単位として市場や国家に対峙した
→戦時中に行われた国民的贈与が贈与者としての人間を変化させた

・徴兵制によって国民軍となった日本の軍隊は、 国民統合の先端的な実験の場(西川 1995)
男性は生まれた家、育った村、学校や職場を離れて兵士となり、 女性は銃後の国民となった。
それを意識させ、強化し、人々を戦いへと向かわせた仕掛けが、 見送り行事や慰問袋には内在していた



結論
・「生産の組織が近代化・産業化にともなって共同体的特性を失っていく」(日置弘一郎 1998)
・「友人が贈与をすれば、贈与が友人をつくるのだ。(中略)物財の流れが、社会関係を保全したり、開始したり」する(サーリンズ 1984)

・日本の中世において、貨幣が物と人との関係を断ち切る力をもっているがゆえに、モノの売買を可能にした(網野・石井 2000)



現代における贈与行為は、
伝統的社会を研究した初期の人類学者が想像したように、
近代貨幣や市場経済の導入によって消えるのではなく、
市場交換との共存を経てますます活性化し、花開いてきた。
それは、贈与行為が、社会生活を営む 人間の基本的コミュニケーションのひとつであるからだ

 

 
 


 
 

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