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『人類学的思考の歴史』
竹沢尚一郎 著
2007年刊 世界思想社

人類学の150年に関する
一行一行の密度が高く
しっかりと地に足のついた
信頼に足ると思える解説書

たいして売れることもなく、
ほとんど一般には知られることもないだろうけれど
図書館の書架には長く定位置が確保されるような類の本である。


 

序文 ・人類学は、世界を分割し、分割することで明瞭な意識を獲得し、
それによって世界を統治・操作することをめざしてきた
近代西洋の知のあり方に対する異議申し立てとして成立した


第1章 進化論人類学―近代人類学の出発点

・タイラーにとっては、「文化」ないし「文明」は人類にあまねく共通するものであり、
世界各地で観察されるその違いは、発展段階の違いとして理解されるべきであった。
・なかでもタイラーの解釈の特徴は、「未開の思想家」が、
夢や憑依、生と死などの自身および身近な人間の経験から霊魂の存在を推測し、
それをすべての存在に適用したとする主知主義的・個人主義的な解釈にあった。
また、かれの議論のなかには、「疑似科学としての呪術」や、
呪術が「接触」と「類似」を柱とする観念連合を核として成立していることなど、
のちにフレイザーが発展させる認識のほとんどを含んでいた。
・呪術における「類感」と「感染」(ないしメタファーとメトニミー)という
ふたつの原理の指摘、そして呪術が観念連合に基礎を置くという指摘は、
すでにタイラーがおこなっていたものであった。
しかしフレイザーは、それを「呪術の二法則」として明確に定式化してみせたのである。
> ・呪術とは、技術になりそこなった「発育不全の技術」であり、
科学に似て非なる「疑似科学」にすぎない。
そして人間は、呪術が支配する段階から、人格神の崇拝を中心とする宗教の段階を経、
ついには推論と実験からなる科学へと精神発展の諸段階を歩んできた(フレイザー)
・ヨーロッパ古代の習慣が宗教や民俗というかたちで現在もなお生きられ、
文学や詩作、絵画の格好の主題であるとすれば、
それらは過去の「遺物」ではなく、現在の「われわれ」そのものの一部である
(フレイザー)
・人類学(民族学)の目的とは、「文明とはなにか絶対的なものではなく、
相対的なものであること、われわれの観念や概念が真実であるのは、
われわれの文明の枠のなかでしかないという事実を散種する」こと(ボアズ)
・進化論的宗教研究に対する批判は以下の三点に要約される。
進化の軸に沿った性急なタイポロジーや図式化をおこなう前に、
対象社会についてのフィールドワークにもとづく綿密な研究が必要である。 (ボアズ)
現存する「未開」社会は人類進化の第一段階ではなく、
歴史を背負った社会であると認識すること、
それゆえその形成の歴史や内的構造の研究が不可欠である。 (モース)
「未開」、「野蛮」と形容される人びとも合理性をもった人びとであり、
それゆえかれらを一概に「非合理」や「呪術的」と決めつけるのではなく、
かれらの行動に西洋的基準からすれば非合理的な側面が観察されるとすれば、
その理由をその社会・文化的コンテクストのなかに探るべきである。
(マリノフスキー)


第2章 機能主義人類学の成立―フィールドワークと理論化

・マリノフスキーは、フレイザーに倣って
現地の色彩と生気を再現するためのあらゆる技法を活用することで、
「生ける人間、生ける言語、そして血のかよった生ける事実」に裏打ちされた
「新しいヒューマニズム」としての人類学を打ち立てようとした
・「社会現象は物であり、物のように取扱われなければならない」
「全体はその諸々の部分の総和とは異なるある別ものである」
(デュルケーム)
・総体論(ホーリズム)はとりわけドイツ哲学の伝統であり、
思想形成期にドイツに留学していたデュルケームはそれに深く刻印されていた
・社会を構成している複雑な諸要素のすべてを、自然科学をモデルに、
要素分割的な原因―結果の因果論で結びあわせることは不可能
・しかし他面で、部分に全体を、個人に社会を優先されるかれの社会学は、
社会をひとつの独立した対象と見なし、
それを構成する諸要素・諸制度間の相互関係を分析の基礎とするという、
共時的かつ総体論的な認識法をはじめて明確なかたちで示したものであった。
・かれ(マリノフスキー)のいう文化は、
デュルケームが主張したように諸部分からなる緊密な総体ではなく、
それぞれが生物学的な要素に根ざして構築された多様な制度の
単なる寄せ集めでしかなかった。
そこでは、全体と関係させられることで定義されるはずの「機能」の概念は、
生物の存続に有用かどうかの「効用」にまで価値低下させられていたのである。
・マリノフスキーの「文化」概念からラドクリフ=ブラウンの「社会構造」概念へと、
英国人類学のパラダイム・シフトが生じた
・マリノフスキー:儀礼や呪術は不安を除去し、確信を付与するとして
心理学的・功利主義的効用に力点を置いた。
ラドクリフ=ブラウン:儀礼が社会統合の表現であり、
社会統合の基礎にある共通感情をかきたてることで
社会秩序の維持・再建に寄与するとして、社会的機能を強調した。
両者とも功利主義的な個人の概念から出発し、
その個人に宗教儀礼がどのように働きかけて心理的ないし
社会的効用を果たすのかをもって機能的説明としたが、
マリノフスキーが個人心理のレベルでの機能を強調したのに対し、
ラドクリフ=ブラウンはその社会的側面を強調したのである。
・フォーテスによれば、現実の生活における父の子に対する絶対的権威と、
先祖の子孫に対する絶対的権威とのあいだには緊密な並行関係あるという。
「祖先崇拝は親と子の関係を宗教の分野に投影したもの」である
・各拡大家族には先祖を祀るための社が設けられており、
先祖への供儀はその社でのみ行われる。
このとき、この社を所有することができるのは拡大家族の長だけである。
家族の成員の誰かが病気や不幸になると、
家長は自分の亡くなった父を通じて先祖に治療を祈願する。
このように祖先祭祀は、この社会では家長の権威を高め、
かれが社会生活のさまざまな次元でリーダーシップをとることを可能にしている。
祖先への儀礼を独占することは、かれの社会的権威の表現であると同時に、
それを「合法化」する手段となっているのである。
・グラックマンによれば、社会は一見安定的に見えても、
その内部にはさまざまな葛藤や緊張が存在する。
男/女、年長者/年少者、母/妻、王/臣下、国家/国外の敵、社会/自然環境といった、
拮抗する諸要素間の対立であり緊張である。
このとき、しばしば儀礼は、日常ではあらわれてこないこれらの緊張を公にし、
日常では劣位にある者が優位に立つなどの転倒を演出する。
しかし、そうした儀礼的な転倒は「反抗であって革命ではない」。
というのも、人びとは社会の秩序が命ずるままに、
儀礼のなかで「制度化された抗議」を表出することで、
最終的には「システムの結合を更新する」に至るのである。
儀礼は社会的緊張を外に出すための「安全弁」として機能することで、
最終的には秩序の維持に貢献するというのである。
・機能主義人類学の宗教研究は、その内部にさまざまな偏差を含むとはいえ、
大きくは「反映」、「合法化」、「表現」、「安全弁」などのタームに
収めることが可能なのである。
・機能主義人類学が世界の人類学で優位を保ったのは、
その誕生の年である1922年から1960年代なかばまでの約40年間であった。
・機能主義の宗教研究は恣意的・部分的な性格を脱することができなかった


第3章 機能主義人類学の展開―妖術信仰の理論と実践

・ディンカ社会では、誰もが妖術師に「食べられた」人間を知っているが、
妖術師を見た人間はいないという。
というのも、ある人間を妖術師と名指しすることは、
泥棒や殺人犯と名指しすることより重大なことだからである。
それは複数のクランのあいだの戦争を引き起こす危険をもっており、
それゆえ妖術師はつねに告発されることなく、疑惑としてとどまっている。
もし万一告発して、それに社会全体の同意が得られなければ、
告発した本人が妖術師とされるためである。
エヴァンス・プリチャード:妖術信仰とは科学のように出来事一般を
説明する説明原理ではなく、なぜ、特定のときに、
他の誰でもない特定の人物の上に穀物倉が倒れてきたのかという、
「個別的、可変的状況」を理解可能にさせる説明原理
・マルク・オジェ:出来事のあらゆる解釈は、そしてそれを含めたあらゆる発話は、
語る主体の社会的な力によって支えられていなくてはならないのであって、
力に裏打ちされていないような意味は社会的に存在しえない。
・どの社会も、人間に生じるさまざまな出来事を説明するために
独自に開発した解釈装置を備えている
・これを彼は「イデオ−ロジック」ないし「諸表徴の論理」と呼ぶ。
・人びとは解釈を実践するたびに、社会がどのような規則から構成され、
そこではいかなる行動が望ましいものとして規定されているかを再確認するであろう。
その意味で、出来事の解釈とその社会による「真理」としての承認は、
それがおこなわれるたびに、構造的な劣位者をも含めた社会の成員全体を
規則の総体のなかにくり返しとりこむ働きをもつであろう。
・社会の成員がその社会を概念化することは
一般に「再帰性」の概念で示されるが、諸個人に生じた出来事は、
ターナー:儀礼という制度化された枠組みを経ることで、
社会そのものついての問いを可能にし、
それによって人びとは社会についての理解と自己と社会の関係性を
再定式化することができる。
・「再帰性」の概念はイギリスの著名な社会学者アンソニー・ギデンズの
社会理論の核であり、かれはそれを伝統の桎梏を逃れた近代社会に
固有な特徴だと考えている。しかし右の例を見ても、
「再帰性」は近代社会にかぎられるものではない。
・外部からの変化と連動する直接経験そのものは操作困難だとしても、
その意味が変われば当事者にとっての経験は変容する


第4章 構造主義人類学の先駆―フランス社会学派の貢献

・レヴィ=ストロース:「デュルケームは決定的に過去に属しているが、
モースは今日もなお、より現代的な人類学の思考と探求のレベルにある」
・ユベールとモース:「私たちはここで供儀の歴史や発生を扱うのではない。
もし私たちが先行性といったとしても、それは論理的な先行性を意味するのであって、
歴史的な先行性ではない」
・「供儀論」が宗教人類学の歴史に果たした貢献は、つぎの三点であった。
(1) ターナーやフレイザーのように、類似によってデータを分類し解釈するのではなく、
明確な方法論によるデータ批判を通じて、一定地域でおこなわれている
宗教的実践について集中的で可能なかぎり正確な研究を実現したこと。
(2) 起源への関心や時間軸に沿った探求といった歴史的・進化論的思考から決別して、
宗教的実践の「本質と社会的機能」の解釈と「基本形態」の抽出に的をしぼったこと。
(3)以上の方法を実践することにより、複雑な宗教的慣行のなかから
入場―執行―退場という供儀の「基本形態」ないし「図式」を引き出したことである。
これらは「供儀論」の功績であり、ここにおいて定式化された方法論は、
それ以降フランス社会学派の基本的方法とされていったのである。
・エルツのこの論文は、宇宙と個人、社会と身体、制度と観念という異質な領域を貫いて
作用する「法則」ないし「理法(エコノミー)」を発見した
・マーシャル・サーリンズはこの論文(『贈与論』)を、
万人の万人に対する戦いから出発したホッブスの『リヴァイアサン』と比較して、
真に友愛的な最初の社会理論だと評した
・「与える義務、受けとる義務、返す義務という…脈絡を欠く諸部分」
として与えられたデータから、
贈与―交換という社会関係の構築原理を引き出したのはモースの力業
レヴィ=ストロース「民俗学の歴史において、はじめて経験的な観察を超えて、
より深い実在にいたろうとする努力がなされたのである。
はじめて社会的なものは、逸話や好奇心や、教訓的記述や博覧強記の比較の対象である
純粋な素材の領域に属することをやめて、ひとつのシステムなったのであり、
その部分間に関連や等価、連帯などを発見することができるようになったのである」
・『贈与論』の要点の第二は、近代経済学を相対化する視点である。
贈与―交換が社会を構成する基本原理であり、集団によって、
しかもしばしば競争的性格をもって実践されてきたとするなら、
功利主義、個人主義の立場に立つ近代経済学はどこに位置づけられるのか。
この点について、モースの主張はいささかのあいまいさもない。
近代の経済学が対象としてきた市場を中心とする経済現象は、
さまざまな財や儀礼や女性の贈与―交換からなる
より広範なシステムの一部にすぎないとするのである。
・モースは、1938年の講演「人間精神の一カテゴリー―人格(自己)の概念」で、
西洋におけるすべての実践の出発点である個人や自我の観念が、
さまざまな制度との相関のもとでかたちづくられた歴史的所産に他ならないこと、
それゆえそれをそのまま他の社会や文化に適用することはできないことを、
膨大な事例を引用しながら論述した。


第5章 構造主義とその超克―レヴィ=ストロースとブルデュー

・レヴィ=ストロース:「第一に、音韻論は意識的言語現象の研究から
その無意識的な下部構造の研究へと移行する。

〔第二に〕それはまた項を独立した実体として扱うのを拒絶し、
項と項との関係を分析の基礎とする。第三に、それは体系の概念を導入する。
…最後に音韻論は一般的法則の発見を目的とする。
これらの法則は時には帰納によって発見されるか、
「時には論理的に演繹され、そのことがそれらに絶対的な性格を与える。」
・文化的事象は、その定義からしてすべて相対的・特殊的であるのに対し
(たとえば、文化的事象としての言語は社会ごとに異なっている)、
この規則(インセスト・タブー)のみは文化的なものでありながら普遍的である。
さて、人間における自然とは、手足や顔の構造を見ればわかるように、
すべて普遍的なものである。
それゆえ、インセスト・タブーとは、特殊としての文化と普遍としての
自然の両者にまたがる事象、いいかえるなら、それによって自然から文化への移行が
達成された事象だとするのである。
・インセスト・タブーによって自然から文化への移行が果たされたのだと考えることは、
親族と婚礼の研究にいかなる変化をもたらすのか。
インセスト・タブーはふたつの側面をもっている。
親と子のあいだの(父と娘、母と息子のあいだの)性交の禁止であり、
キョウダイのあいだの性交の禁止である。
このとき、前者の禁止は、もし親子のあいだで性交や結婚が禁止されなければ
親子関係も出自も存在しえないという意味において、
親子関係と出自の原則をつくりだす禁止である。
これに対し、後者の禁止は、女の「自家消費」を禁止する禁止であり、
それゆえ内部で消費が禁止された女は外部に婚出することになる。
かくしてインセスト・タブーは、出自関係と縁組関係をともに可能にする
基本的な基本的事象なのであり、それゆえ従来のように家族や出自から出発して
社会の構成を考えるのではなく、出自と縁組をおなじだけの重要性をもつ
社会の基本的構造原理として考えていかなくてはならないとするのである。
・(1)社会ごとに婚姻の形態と親族名称は多様であるが、
そこには当事者には意識されないいくつかの基本構造があることが分かった。
(2)結婚するのはひとりの男とひとりの女であるが、それは独立した行為者ではなく、
その背後にはさまざまな規則からなる親族と婚姻の関係性が存在する
婚姻の実践や親族名称は、それぞれの社会ごとのに体系をなしている
(3)親族の一般法則の発見をめざす「親族の基本構造」全体の議論を支えているのは、
インセスト・タブーという普遍的な原理であり、
そこからの演繹よってすべての議論が根拠づけられている。
・レヴィ=ストロース:無意識はいつも空虚である。あるいは、もっと正確にいうと、
胃が胃を通過する食物と異なったものであるように、それは心象と異なったものである。
それは、特定の機能をもつ器官であって、衝動、情動、表徴、記憶といった
よそからくる分節されぬ諸要素に、構造法則を課するだけであり、
その実態はこれらの法則に尽きる。
…さらに付言すれば、これらの構造は単に万人にとり、
また機能が適用されるすべての素材に対して同じであるばかりでなく、
その数は僅かしかないのであり、
われわれはなぜ象徴の世界が内容上無限に多様でありながら、
法則上はつねに制限されるかを理解するであろう。
・それは語り手の意識の下部で作用することで、
連続的な音を分節してシニフィアン、ひいては語を可能にするものである。
この、無意識のうちに作用するもの、無意識のうちに作用することで
言語活動を可能にするもの、無意識のうちで作用することで
言語活動のうちにある種の「構造」を生み出すもの、
いいかえるなら「構造化する作用」、
それをレヴィ=ストロースは「無意識構造」の語で考えているのである。
このとき、「無意識構造」とは「構造」を生み出す作用をもつものだから、
「構造化する構造」と呼ぶことができる。
そしてこの「構造化する構造」が機能するとき、
言語や親族、神話といった「構造をもつ制度」がつくりだされるのである。
レヴィ=ストロースのいうモデルとしての「構造」、「変換の体系」としての
「構造」はこのレベルでいわれることであり、
これと「無意識的構造」とを混同しないことが重要である。
そして、つねに無意識のうちで作用する「構造化する構造」は
直接には観察不可能なものだから、
親族関係や神話などの「構造をもつ制度」の研究を通じて、
それを明らかにすることが彼の研究の遠い目標とされるのである
・このとき、かれらは内的矛盾を抱えた社会の統合を、
制度の変更といった現実的な操作によってではなく、象徴的な操作によって達成しようとした。
それが、かれらが好んで女性の顔面に描く、いくつかの対立を含みつつも
顔という統一体の上で危うく均衡する装飾だというのである。
「素晴らしい文明ではないか、そのクィーンたちは化粧で夢を囲むのだ。
化粧は決して到達できない黄金の時を叙述する神聖文字であり、
法典がないので、クィーンたちは身を飾ってその時を祝福するのである」
・かれ(レヴィ=ストロース)によればトーテミズムとは
野生種の分類と人間集団の分類とを重ね合わせる思考様式にすぎない
・世界の人びとの、それも過去から現在までの
分類作業のしなやかさと精緻さを明らかにしたこの「野生の思考」は、
多くの人類学者に新鮮な驚きを与えた
・(メアリ・ダグラス):汚いという感情が生じるのは、
服やソースそのものではなく、それらがしかるべき場に置かれていないとき、
「場違い」、「分類外」の状況に対してである。
そして宗教とは世界が秩序づけられていることを求めるものだから、
「場違い」であるもの、「分類外」であるものは、
そこで不浄として囲い込まれることが必要になる。
「汚れとは、我々の正常な分類図式から拒否された剰余ともいうべき範疇」
のことだ、というのである
(プルデュー):構造主義者は「行為当事者たちを、晦冥なメカニズムによって
彼らの知らない目的に向って突き動かされる自動機械または惰性的物体の身分に還元」
してしまっている
・かれ(プルデュー)によれば文化は「あらゆる社会的闘争目標がそうであるように、
人がゲームに参加してそのゲームに夢中になることを前提とし
、 かつそうなるように強いる目標のひとつである」
・言語学の成果を導入することで人類学に厳密な方法論を導入しようとした
かれ(レヴィ=ストロース)の試みが、それまで人類学に欠けていた
明確な方法意識をもちこんだのは疑いない。
とくにそれは、「項」を実体とするのではなく、
項と項のあいだの「関係」から出発するという関係論的認識を強調することで、
人類学に新たな理解の方法をもたらしたのであった


第6章 象徴人類学の成果―社会と宗教を貫く論理

・人類歴史家ストッキング・ジュニアらがいうように、
近代人類学はふたつの心的傾向を併存させてきた。
理性と普遍性を奉じる啓蒙主義の流れと、その対極としてのロマン主義のそれである
・(ターナー):「あらゆる先入見を捨てて、
幼子のように事実に向き合って座らなければならない」
・(ターナー):象徴、とりわけ中核的象徴は、そして儀礼の筋もまた、
その特殊な本質において把握されるべきである
・(ターナーによれば)象徴とは、「儀礼的振る舞いの特性を保持する儀礼の最小単位」
であり具体的には、「物体、人間の行動、人間関係、出来事、所作、空間的単位」
などをさすという
・(ターナーによれば)儀礼の主たる働きは、
社会的な義務や必要事項を望まれるものにすること、
いいかえるなら、「生物―心理学的な個人を、人間の社会生活の基本的条件と
公理的価値に、定期的に適合させること」
・儀礼のなかではある種の象徴が活用されることで、
日常生活で禁止されている反社会的な感情や衝動の表出が可能になる。
そしてこうした感情や衝動は、一連の劇=儀礼の過程を経ていくなかで、
社会的価値を示す別の象徴に結び付けられる。
こうして儀礼のなかでかきたてられた反社会的な衝動や感情は、
社会の中心的価値へと導かれることによって、
社会の活性化と集合意識の再確認が実現されるというのである。
・「構造」とは、社会生活の差異化・秩序化された状態を、
「コムニタス」とは、差異づけられず、平等主義的な状態をあらわすものとされる。
・儀礼とは日常の原理とは異なる、ある種の境界状況、
敷居の上にあるような状況を生み出すものであり、
そこにおいて参加者は日常の社会的拘束から離れて、
自由にそして客観的に社会そのものについて考えることができるようになる。
こうした「再帰的」な特徴こそ儀礼に特有の作用であり、
それによって人びとは社会とそのなかにある自分自身について
よりよく知るようになり、社会と自己のあるべき姿について
思いをめぐらせることが可能になるとしたのである。
・これらの象徴関係はたがいに共存可能であり、他を排除するものではない。
とすれば、そのなかのひとつだけを特権視して、
レヴィ=ストロース二元論を脳の生理的構造の直接的反映と見なしたり、
ヤーコブソンやリーチのようにメタファーとメトニミーを
人間の象徴活動の「根本法則」としたりすることは、
不可能なのである。
・整理―身体、無意識、意識の三者が構造的に「相同」であり、
それゆえ詩的言語はこの三つを貫いて作用するはずだとするこの結論
・(マルクス):人間的本質の対象的に展開された富を通じてはじめて、
主体的な人間的感性の富が、音楽的な耳が、形態の美にたいする目が、
要するに、人間的な享受をする能力のある諸感覚が、
すなわち人間的本質諸力として確証される諸感覚が、
はじめて完成されたり、はじめて生みだされたりするのである。
…五感の形成はいままでの全世界史の一つの労作である。


第7章 文化人類学の誕生―「文化」概念と文化人類学の成型

・ボアズによれば、民俗学コレクションの目的は、
「文明とはなにか絶対的なものではなく、相対的なものであること、
われわれの観念や概念が真実であるのは、
われわれの文明の枠のなかでしかないという事実を散種すること」
に他ならない
・「他の文化における人間の精神生活の研究は、その人の精神にとって、
人間を自由にするもっともよい教育手段のひとつである」(ボアズ)
・「あらゆる文化形態は、むしろ絶えざる流れの状態にあるものとして
あらわれてくるのであり、根本的な修正にしたがっているのである」(ボアズ)
・「人間はだれも、世界を生まれたままの目で見てはいない。
人間は習慣や制度や信じ方の、あるきめられた一組によって
編集された世界を見ているのである」(ベネディクト)
・「個人の生活史は、かれのコミュニティが伝統的に継承してきた
形式と基準の、もっとも明白な適応である。生まれたときから、
その生まれおちた場所の習慣が人間の経験や行動を形成してゆく。
話ができるようになったとき、…
習慣のくせがかれのくせとなり、習慣の信条がかれの信条となり、
習慣にとって不可能なことはかれにとっても不可能なことになる。
…このような習慣の役割ほど、理解の必要な大切な社会的な問題は
ほかに存在しない」(ベネディクト)
・なかでもおそらく一番の問題は、彼女が「パターン」といい
「統合形態」といっているものが明確にされていないことであった。
それは、どのようにしてかたちづくられているのか。
どのように変化しうるのか。また、どのようにして諸個人に作用しているのか。
・文化の内在的な理解を求めていたボアズの科学は、
ベネディクトとミードによって、文化に対する超越的な視点の獲得という
イデオロギー的な身振りへと転換させられたのである
・この時代の合衆国社会が求めていたのはそれであった。
それは、他者の文化を反照させることのよって自文化の肯定という、
国有の文化的伝統をもたない合衆国らしい、
屈折したアメリカ文化論の創出をこそ求めていたのである
・『菊と刀』が政治的文書であるというのは、
「文化人類学的理解」にもとづきながら
合衆国の占領政策に提言をしているためでも、
日本を非軍事化しておいた方が合衆国には有益だと、
その将来にわたる政策にまで踏み込んで提言しているためでもない。
日本人とアメリカ人を比較対照しながら、
両者のあいだに真の対話や相互批判の道を切り開こうとはせず、
理解されるべき対象とそれを見下ろす理解する主体、
特殊であるがゆえに操作されるべき国民と、
それを統べるべき普遍的で絶対的な主体とを、
無条件に分離して序列づけている点にこそ、
この本が政治的文書である深い理由がある。
・和辻が『菊と刀』お評したように、
「この書にもいろいろな価値はありましょうが、
少なくとも学問的な価値だけはない」
・文化相対主義が有効であるためには、たえざる事故の相対化と、
それがもたらす自己批判にみずからをさらしつづける覚悟が必要なはずである。


第8章 文化相対主義と解釈人類学―ギアツから実験民族誌へ

・社会学と文化人類学の境界を明確にする←クローバー/パーソンズ
・人類学が人間を定義するという問題にぶつかったとき、
文化的個別性に対して逃げ腰になり、
血の通わない普遍的要素へ逃避した最大の理由は、…
いかなる固定点をも奪ってしまうほど強力な
文化相対主義の渦の中に埋没する恐怖にさいなまれたからである。
←ギアツ『文化の解釈』1973
・われわれは文化を通して完成する、不完全ないしは未完成な動物である。
しかも文化一般ではなく、たとえばドブ島のジャワ人、ホピ族とかイタリア人、
上流階級とか下層階級、知識人とか承認などのように、
きわめて特殊な文化の形態を通じて完成するのである。←ギアツ
・人類学がめざすべきは、各文化が独自のかたちでつくりあげている
「概念」や「プログラム」、いいかえれば
「意味ある象徴の群れ、意味ある象徴の群れの群れ」を探り、
そこにある種の法則性や一般化可能な図式を求めることである←ギアツ1973
・国家は社会全体を秩序づけている秩序を演劇のかたちで現出するのであり、
国家を構成する人びともまた、それに演者あるいは観客として加わることによって、
この秩序ないし理念を現実のものとする。
それがギアツのいう「劇場国家」の基本構造なのである。
・私が採用する文化の概念…は、本質的に記号論的(セミオティック)なものである。
マックス・ウェーバーとともに、人間は自分自身がはりめぐらした
意味の網のなかにかかっている動物であると私は考え、
文化をこの網としてとらえる←ギアツ1973
・現地の人びとのおこなう多様な解釈のうち、あるものを排除し、
人類学者が別の解釈をつけ加えることの妥当性はどのようにして説明っされるのか。
ギアツはこうした妥当性の基準をどこにも示しておらず、
まさにこの点が解釈人類学の提唱以降のかれの方法の最大の欠陥である。
しかし一方で、分析の最終目標は明確にされているのであって、
それは「厚い記述」をおこなうことだという。
・無知な人類学者がひとりで異国のフィールドに旅立ち、
艱難辛苦を舐めた挙句に、現地社会のすべてを理解した民族誌家として
凱旋するというのがマリノフスキーのつくった「英雄」物語(ソンダク1968)
であったとすれば、「実験民族誌」の主体たちがおこなったことは、
本国で限界につきあたっていた研究者が、
対象の社会から疎外されているインフォーマントに共感を覚え、
かれらとの友情を通じて対象社会の理解のひとかけらを入手し、
それによって自分が人類学者であることを再確認するという「救済」の物語であった。
・人類学においてはこうした手法は、1961年に書かれたオスカー・ルイスの
『サンチェスの子供たち』以来、しばしば活用されてきたものであった
・行為や語りや、それらによってかたちづくられている人生というテクストと、
それを取り囲み、それに具体的で独自の形式を与えてきた
文化的・歴史的コンテクストの両者を、共鳴させ、共振動させること。


第9章 文化批判と人類学―オリエンタリズム批判以降の人類学

・「オリエンタリズム」の第一の特徴は、西洋とオリエントのあいだに
容易に越えられない境界線を引くことである。
その結果、境界線の向こう側に位置づけられたオリエントについての
関心や好奇心が西洋でかきたてられ、
おびただだしい言説が生み出されることになった。
・第二に、西洋とオリエントの境界が厳格化されるにつれて、
オリエントのなかの差異が抹殺されたことである。
・他者の文化や自分たちの文化というものが、
この一連の出会いやカルチャー・ショックによって構築され、「発明」された
←ワグナー『文化のインベンション』1980
・「精神分析学者やシャーマンが原因を具体的に示すことによって
患者の不安を払い落とすのと同じように、
人類学は私たちが適応しようとしてものを
「文化」として客体化することを教えてくれる。 つまり、新たな状況がひとたび「文化」として客体化されてしまえば、
フィールドワーカーはあたかもトランプ遊びを学習するように、
その文化を「学習」しているといえる」←ワグナー
・フェビアンは唯物弁証法を基本としているため、
諸社会の対立や諸集団の葛藤こそが
歴史の変革や創造の原動力だとする
マルクス主義の基本理念を共有している。
・文化はドイツロマン派の影響下にあったベネディクトらによって、
内面的には集団の精神的精髄として、外面的には慣習の総体として定義された。
いずれにしてもそれは「自己」と「他者」を区別し、
「他者」のうちのあるある集団と別の集団を区別するための基礎概念とされ、
そのようなものとして政治的な負荷を強く帯びつづけた。


第10章 世界システム論と人類学―ふたたび民族誌へ

・ウォーラーステインによれば、
人類の生み出した社会システムは二種類しか存在しない。
他から孤立し、互酬性と文化同質性によって結ばれる
小規模の「ミニ・システム」と、それを超える「世界システム」である。
後者はさらに二つに分類され、
複数の文化集団が再分配経済と統一権力のもとで
結びあわされる「世界帝国」と、
交換経済が支配する「世界経済」に区別される。
このとき、後者の世界経済は歴史的には不安定な存在であるので、
解体するか、征服=世界帝国へと転換するかの可能性に
つねにさらされていたという。
・それ(文化)は、人びとの矜持とアイデンティティと
集団形成の基礎にあるものであり、
それを失ったなら、
かれらは、拠り所のない裸の個人として世界システムの
圧倒的な力の前に翻弄されるしかないであろう。
・人間は物質的な基礎を離れては生きることができないが、
観念と夢がなくては生き延びることのできない存在である。
そうした人間と文化の過去と現在、現実と理想、制度と実践を、
丸ごと記述し理解しようとすることこそ、
人類学に固有の方法であり、課題であるはずなのである。
・社会的・経済的次元での問題が、社会行為者にとっては
その身体上の不調や社会関係の困難として
まず知覚されるというのは十分に可能性のあることである。
というのも、人びとはその身体とともの世界を生きているのであり、
身近な人間関係こそが全体社会を把握するための第一歩だからである。
かくして、人びとは身体や人間関係の困難や挫折や、
そこから生じてくる欲望や希望とともに生きているのであり、
それらとともに生きているだけでなく、
象徴的にであれ現実的にであれ、それを乗り越え、
その解決を試みつつ生きているのである。
そうした人びとの試みを記述し、
そこから世界システムを書き足し書き直していくことこそ
(コマロフ夫妻のいう「複数の世界システム」)、
人類学の豊かな可能性として認められるべきものではないだろうか。

 


 
 

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