> アルゴーの本棚

ARGOBOOKS
 

『宴と日本文化』
伊藤幹治 著
1984年刊 中公新書


柳田民俗学と世界の比較民俗学をつないで、
祝祭や宴について論じた本。

 


以下、本文より…

・祭儀が厳粛・荘重の極に近い祭りとすれば、
祝祭は喧噪・野卑の極に近い祭り

・こうした折目思想も、明治以降、徐々に衰えていった。
明治初期に太陰暦が太陽暦に改められ、
日曜休日制が導入されるほか、
紀元節(建国記念の日)や天長節(天皇誕生日)、
新嘗祭(勤労感謝の日)などが祝祭日と定められ、
休日の画一化が促進された。

・日本の農村には、稲の成育を守護する田の神が、
春になると、山や天、家から田に出かけ、
そこに滞在して稲の成長を見守り、
秋になって収穫が終わると、
田の神が田から山や天、家にもどるという信仰が、
かなりひろい地域にわたって伝えられている

・折目ごとに、さまざまな祭りがおこなわれている。
このように、日本では、祭りがおこなわれる聖なる時間が、
こまかく分節化されている。
その結果、生と俗の交替が、
一年のあいだにひんぱんに繰り返されるということになる

・穀物の調理法も、普段の日は粒食がおおかったのに対して、
「ハレ」の日には粉食が用いられていた。
盆の先祖祭りなどの際、先祖に供えて人びとも共食するソーメンなども、
正月の餅とおなじように、かつては「ハレ」の食物と考えられていた

・聖化(俗から聖への過程)と脱聖化(聖から俗への過程)、
聖化と脱聖化の境界(聖の状態)という三つの局面←E.R.リーチの祭りの三局面論

・リーチの三局面論は、成人式や結婚式、
葬式などの通過儀礼を分離と過渡、統合という三つのカテゴリーに分けた
ファン・ヘネップの三段階論がモデルになっている。

・祭りの世界に表象される反日常的世界のなかに身を置くことによって、
わたしたちは日常的秩序や規範を再確認し、
また、それを活性化するというのが、ターナー基本的な考えであった

・カーニバル(謝肉祭)のルーツといわれる
古代ギリシャのサトゥルヌス祭りには、
奴隷とその主人の地位や役割がひっくりかえり、
奴隷たちは主人の食卓で食事をとり、主人にむかって命令した。
主人は彼らに仕え、侮辱にたえしのばなければならなかったという。
こうした日常的秩序の逆転は、
古代バビロニアのサカエア祭にもみられる。

・どの大宴会も宴座(えんのざ)と隠座(いんのざ)とよばれる
宴会から成り立っていた

・柳田国男の『民謡覚書』(1940)によると、
酒宴のはじめに、主人の側から客に酒をすすめる勧酒歌がうたわれるのが
古くからの仕来りであったという。

・つては暮れの二十七、八日から大晦日にかけて、
歳暮のやりとりをするところがおおかった。
これは、先祖祭りの面影を伝えたもので、
贈られた歳暮はまず先祖に供えられ、
これを家のものが一緒にいただくというのが、
歳暮の古い姿であったらしい。

・柳田国男は『民間伝承論』(1934)のなかで、
この国の贈与交換に食物がよくもちいられるのに注目して、
「日本人のように食物を贈りあう例は珍しい。
他にみられぬところである」とのべているが、
飲食物などの実用品が尊重されているのは、
日本人のプラグマチズムのひとつの現れであろう。

・葬式の際、会葬者に礼状と一緒にハンカチなどを贈る習慣も、
「オウツリ」や「オタメ」とおなじように、
形式上、互酬性を完結さえるために考えだされた
象徴的な返済行為とみてよいだろう。

・歴史学者阿部謹也によると、ヨーロッパでは十一世紀以降、
古代以来の供物を媒介とした神と人間の関係が、
教会制度のなかに組み込まれることによって、
「あの世」(彼岸)における救いを媒介とした関係に転換し、
これがカトリックの教義をとおして日常生活に浸透して、
当時の社会に大きな変化をもたらしたという。

・神と人間の互酬性が、十一世紀以降、供物を媒介とした関係から
「あの世」(彼岸)における救いを媒介とした関係に転換した

・ヨーロッパでは、古代以来、神に供物を献上することによって、
神の恩恵を受けるというような、神と人間の互酬性が成り立っていた。
とろが、十一世紀ごろになると、カトリック教会の伸展にともなって、
神と人間あいだに協会が介在し、
人びとは教会に財産を寄進(贈与)することによって
神の恩恵に浴し、自分たちの罪があがなわれるというように、
神と人間の互酬性が間接的なものになった。
そして、教会への寄進に対するお返しが、
天国という「あの世」で与えられると信じられるようになった。
こうして、キリスト教的な「あの世」における救い
という道がひらかれるようになった。

・こうした中世以来の教会への寄進と並んで、
貧者に財産を分かち与える喜捨もまた、
これによって罪があがなわれ、また、死後に救われるという、
キリスト教的な神と人間の互酬性にもとづいた宗教的行為といってよいだろう。

・ドイツの宗教社会学者T・ルックマンは、
かつての教会中心の、社会や文化を統合する機能をもっていた宗教を
「見える宗教」と想定し、
現在。「見える宗教」が後退したかもしれないが、
それはかならずしも非宗教化を意味してはいない、
むしろ、宗教そのものの意味が変わって、
宗教が「公」の秩序の領域から、
個々の人びとに生存の意味を与える
「私」の領域にかかわる「見えない宗教」になっていると考えた。

・エビスと稲荷にはいくつかの共通点がある。
流行神であるということがそのひとつで、
エビスが流行したのは、近世に人形を舞わせて町や村を訪れた
「エビス舞わし」とよばれる神事芸能に負うところが大きい。
稲荷の流行もまた、各地の呪術=宗教的職能者の活躍によるところが大きい。
また、エビスも稲荷も、全国的なネットワークをもつ
大規模な神社の祭神として祀られていることが、いまひとつの点である。
兵庫県の西宮神社は古くからエビスの総本社として、
京都の伏見稲荷大社は稲荷の総本社として、
それぞれのご利益を授けてくれるお宮として、
おおくの人びとの崇敬をあつめている。

・キリスト教徒にとって日曜日は、
仕事から解放される単なる休日(ヴァケーション)ではない。
教会での礼拝をともなった祭日(ホリデー)という意味をもっている。


 
 

ARGOBOOKS

アルゴーの本棚へ戻る

PAGE TOP


Copyright © ARGO All rights Reserved.