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『大転換』(新訳)
カール・ポラニー 著 野口建彦・栖原学 訳
2009年刊 東洋経済新報社


市場経済というものの発生から現在までをとらえ直し
人間性を根こそぎにしてしまうようなその破滅的な性質について述べた大著。
経済や政治の行き詰まりからファシズムの台頭、そして破滅へ至る社会の姿は
執筆中のまさに目の前で起きている現実であった。
だからこの本は冷静な経済史の分析であるとともに
熱気を帯びたルポルタージュでもある。

市場経済が失敗するように民主主義もまた失敗する。
経済と政治がともに失敗すると
絶望が蔓延しポピュリズムが力を持つようになる。
闇と絶望に支配され、考える力を失った人々は
そこに灯った微かな光に殺到する。
破滅の淵でパニックにも似た饗宴が繰り広げられる。

現在の世界的なポピュリズムの時代に
この本の内容は実践的に再検討される価値があるだろう。
ポラニーが新たな希望のために記した言葉は「忍従」であった。



 




以下、本文より・・・


第1部 国際システム


第1章 平和の100年
・19世紀文明は崩壊した。本書は、19世紀文明の崩壊という出来事の
政治的・経済的起源、およびそれが到来を告げた大転換に関するものである
・自己調整市場という考えはまったくユートピアであった
・総体として見て首尾よく平和が維持された秘密は、
間違いなく国際金融の位置、組織、そして技術にあった
・組織という観点から見ると、この国際銀行は、人間の歴史がつくりだした
もっとも複雑な一つの制度の核をなしていた。
・19世紀の戦争は、あらゆる点において18世紀の戦争よりも
破壊的であったという見解は、偏見である。
19世紀には、国内の敵国人の地位、敵国市民が保有する債権に対する支払い、
敵国の財産、あるいは敵国商船が港を離れる権利などについて、
戦時において経済システムを保護するための断固たる措置がとられるようになった。

第2章
・この時代に国際経済システムの機能に対する金本位制の
根本的重要性は、階級、宗教、社会哲学を問わず、
あらゆる国家のあらゆる人々に共通する唯一無二の信条であった。
・19世紀文明だけは、他の文明とは異なった特別の意味で、経済的であった。
というのは、この文明は、人間社会の歴史において妥当であるとみなされた
ことのほとんどなかった動機、また毎日の生活における行動や振舞いを
正当化する基準であるとけっして認められたことのなかった動機、
すなわち利得動機に自分自身の基礎をおくことを選択したからである。
自己調整市場システムは、このような原理から導き出された
類例を見ないシステムであった。


第2部 市場経済の勃興と崩壊(1)―悪魔のひき臼

第3章 「居住か、進歩か」

・どのような「悪魔のひき臼(satanic mill)」が、
人間を浮浪する群衆へとひき砕いたのか。
どれほどのことが、この新しい物質的な条件によって引き起こされたのか。
どれほどのことが、新しい条件のもとで現れた
経済的依存関係によって生じたのか。
そして、古くからの社会的な紐帯を破壊し、
そのうえで人間と自然を新たなかたちで統合しようとしたにもかかわらず、
結局みじめな失敗に終わったメカニズムとは、
一体どのようなものであったのか。
・新しい教義は、極度に唯物主義的であって、
際限のない量の物的商品が与えられれば、
あらゆる人間の問題は解決できるだろうと信じるものであった。
・機械の存在が実際に起こったことのすべてを
引き起こしたと主張するものではないが、
ひとたび商業社会において精巧な機械と工場が生産に使用されれば、
自己調整市場システムという概念が必然的に
姿を現わすものであるということを強調したい。
・価格は、みずから調整することを認められなければならない。
このような諸市場の自己調整的システムこそ、
われわれが市場経済という言葉で意味するものなのである。

第4章 社会と経済システム
・互酬は主として社会の血縁的な組織、
すなわち家族と親族において作用するのに対し、
再分配は主として共通の首長をいただく
すべての人々に対して効果的であり
したがって地縁的な性格をもっている。
・当の社会組織が、対称性(symmetry)や
中心性(centricity)といったパターンの手助けによって、
このような問題解決のために必要とされる条件を
満たしているからにほかならない。
・首長は、そうすることによって、
毛皮を受け取る者に一定の恩義を与えて自分に対する債務者とし、
究極的には自分の従者にしようとするのである。
・自分自身や自分の家族のために食料を集め狩りを行う
個人主義的な未開人など、これまで一度たりとも
存在したことはなかったのである。
・大雑把にいって、西ヨーロッパにおける封建制の終焉まで、
われわれが知っているあらゆる経済システムは、
互酬、再分配、あるいは家政の原理によって、
あるいはこれら三つの原理のいずれかの組合せによって組織されていたと
・こうした動機の中で、利得動機は突出したものではなかった。
究極のところ、経済システムにおける各自の役割の
遂行を保障していた行動規範を当の個人に遵守させるという点において、
慣習と法、呪術と宗教とが協同していたのである。

第5章 市場パターンの展開
・取引、交易、交換は、市場パターンが存在して
初めて有効に機能するような行動原理である。
また市場とは、取引あるいは売買のために人々が出会う場所である。
この市場というパターンが、少なくとも点在的にであれ
存在するのでなければ、取引性向が十分に発揮されることはないだろう。
すなわち価格が形成されないのである。
・市場パターンは、それ自身に特有の動機、
すなわち取引・交換動機と結び付き、
ある特定の制度、すなわち市場を創り出すことができる。
結局のところ、これが、市場による経済システムの支配が
社会組織全体に対して圧倒的な影響を与える理由である。
・局地市場では、生産は生産者の要求に応じて規制され、
したがって生産は利益の出る水準に制限されていた。
この原則は、当然のことながら輸出には適用されなかった。
この場合には、生産者の利益の追求は生産に対する
制限をもたらさなかったのである。
・政治的にいえば中央集権国家は、 このような商業革命がもたらした一つの新たな仕組みであった。

第6章 自己調整市場と擬制商品―労働、土地、貨幣
・自己調整とは、すべての生産が市場における販売のために行われ、
すべての所得がその販売から派生することを意味する。
・民主主義制度および代議政治への移行が
時代の潮流の完全な逆転をともなったように、
18世紀末における規制された市場から自己調整市場への変化は、
社会構造の全面的な転換を表していたのである。
・市場経済は市場社会の中において機能する。
・決定的に重要な点は、以下のことである。
わなわち、労働、土地、貨幣は生産の本源的な要素であって、
他の商品と同様にそのための市場が形成されなければならない。
実際これらの市場は、経済システムの
絶対的に欠くことのできない部分を構成する。
しかし、労働、土地、貨幣は、明らかに商品ではない。
売買されるものはいかなるものであろうと、
販売のために生産されたものでならなければならないという公準は、
労働、土地、貨幣についてはまったく当てはまらない。
換言すれば、商品の経験的な定義からするとこれらは商品ではないのである。
労働は、生活そのものの一部であるような人間活動の別名にほかならず、
したがってそれは、販売のために生産されたものではなく、
まったく違う理由で生み出されたものである。
また、その活動を生活の他の部分から切り離したり、
蓄積したり、販売したりすることもできない。
同様に、土地は自然の別名にほかならず、人間によって生産されたものではない。
最後に、実際の貨幣は、単に購買力の表徴にほかならず、
一般にけっして生産されたものではなく、
銀行あるいは国家財政のメカニズムによって存在するようになるものである。
これらのいずれもが、販売のために生産されたものではない。
労働、土地、貨幣を商品とするのは、まったくの擬制(fiction)なのである。
・市場システムが人間の労働力を処理するということは、
それによって、「人間」という名札に結びつけられたその人自身の
物理的、心理的、道徳的特性を、市場システムが処理することを意味しよう。
人間は、文化的諸制度という保護膜を奪われ、
社会的にむき出しの存在になることに耐えられず、
朽ち果ててしまうだろう。
すなわち人間は、悪徳、堕落、犯罪、飢餓による激烈な社会的混乱の
犠牲者として死滅するのである。
・労働、土地、貨幣の市場が市場経済にとって
必須のものであることに疑いの余地はない。
しかしいかなる社会も、その中における人間と自然という実在
あるいはその企業組織が、
市場システムという悪魔のひき臼の破壊から守られていなければ、
むき出しの擬制によって成立するこのシステムの影響に
一瞬たりとも耐えることができないだろう。
・人間社会はすでに経済システムの付属物となった

第7章 スピーナムランド法―1795年
・現代の世代にはほとんど知られていないことだが、
われわれの社会意識がスピーナムランド体制によって
かたちづくられたという事実
・絶望は、希望よりいっそう強力な転換の推進力である
・そうした調和的な自己調整作用の要請によれば、
個々人は、たまたまそれが自分を破滅させることがあったとしても、
経済法則を尊重しなければならなかった。
対立の方もまた、個人の競争としてであれ、階級間の闘争としてであれ、
経済に内在するように見えた。
しかし、そうした対立もやはり、現在の、あるいはそらく未来の社会に
内在するいっそう深い調和のための手段にほかならないという
ことになるかもしれないとされたのである。

第8章 スピーナムランド法以前と以後
・農業の合理化は必然的に労働者を根こそぎにし、
その社会的安全を掘り崩してしまった
・みずからの労働によって生計を立てることができないとすれば、
彼は労働者ではなく貧民である。
労働者を人為的にそうした状態に陥れてしまったことが、
スピーナムランド法のもっとも忌まわしい面であった。
この法律のあいまいな人道主義は、
労働者が一つの階級へと成長していくことを妨げ、
それゆえに経済のひき臼の中で定められた破滅の運命から
逃れうる唯一の手段を、労働者から奪ってしまったのである。

第9章 貧民とユートピア
・クエーカー教徒は、近代的な人間存在の可能性を探求するパイオニアであった。
また彼らは、みずから望んだわけでもない失業は労働組織における
何らかの欠陥の表れであるにちがいないということを
初めて認識した人々でもあった。
・ベラーズは、次のように述べた。すなわち、
「貧乏人の労働は金持ちが富を掘り出すための鉱脈」なのであるから、
貧乏人が自活できないなどということがあるだろうか。
・もしも貧困者が救済されるなら、
彼らは賃金を得るために働こうとはしないだろう、
そしてもしも彼が公的な機関で財の生産をすることになれば、
それは民間製造業でさらに失業を生み出すだけだろう
←ダニエル・デフォー
・国力は人間に依存するのであるから、人口はできるだけ多いことが
望ましいという点については完全な意見の一致があった。
また、労働が安価であってくれさえすれば工業は繁栄しうるのであるから、
安い労働力が利益をもたらすという点についても
ほとんど意見は一致していた。
そのうえ、貧乏人がいなければ、誰が船に乗り組んで
戦争に行くであろうかということについても意見の一致が見られた。
それでも、結局のところ貧民は害悪ではないといい切るには疑念が残った。

第10章 政治経済学と社会の発見
・「法律は人間の生存に関して何ができるのか」という問いに、
ベンサムは「直接には何もできない」と答えた。
貧困は社会の中に生き残っている「自然」であり、
「自然」が与える肉体的制裁が飢餓であった。
「肉体的制裁の力が十分であれば、政治的制裁は無用であろう」。
必要なことは、貧民を「科学的かつ安上がり」に取り扱うことだけであった。
・ベンサムは、貧困は豊かさの一部であると信じていた。
彼は次のように述べた。「社会の繁栄が最高の段階に達しても、
おそらく市民の大多数は、日々の労働以外には財産をもたないだろう。
だから、彼らは常に窮乏と紙一重の状態におかれるだろう…」。
それゆえ彼は次のように勧告した。
「貧困者の困窮に備えて、定期的な寄付金制度が設けられねばならない」と。
しかし彼は、残念そうにつけ加えた。そうすることによって、
「理論的には貧困が減り、したがって産業が打撃をこうむる」。
というのは、功利主義の観点からすれば、
飢餓による肉体的制裁を効果的にするために、
貧困を増大させることが政府の仕事だったからである。
・オーウェンの思想の支柱となったのは、キリスト教批判であった。
彼は、キリスト教をその「個別化」という点で、
すなわち人格に対する責任を個人のみに負わせ、
したがってオーウェンの目から見れば社会の現実と
社会が持っている人格形成に対する絶大な影響を否定したという点において、
キリスト教を批判したのである。
・彼(オーウェン)は、「自然的発展にゆだねられた場合」の
工業によって生ずる重大な帰結を指摘した。
「工業が一国の全体にまで拡散すると、その国の住民に新たな性格が付与される。
そしてこの性格は個人および国民全体の幸福にとって
きわめて好ましからざる原理に従って形成されるために、
もしもその傾向を立法による干渉と監督によって抑制しなければ、
非常に嘆かわしい永続的な害悪が生み出されることになろう」

第2部 市場経済の勃興と崩壊(2)―社会の自己防衛

第11章 人間、自然、生産組織
・社会の決定的に重要な二つの機能、すなわち政治的機能と経済的機能が
党派的利害のための闘争における武器として行使され、濫用された。
20世紀におけるファシズムの危機は、
このように危険な行き詰まりの中から生み出されたものであった。

第12章 自由主義的教義の誕生
・1832年における中産階級の政治的勝利ののち、
救貧法修正法案はそのもっとも過激なかたちにおいて可決され、
一刻の猶予期間もなしに実施された。
自由放任は、有無をいわさぬ獰猛な江ネルギーへと変貌したのである。
・自由放任に、自然なところは何一つなかった。
自由市場は、事態の自然な成り行きに任せていたら出現しなかっただろう。
代表的な自由貿易産業である綿工業が、
保護主義的な関税、輸出奨励金、および間接的賃金扶助のおかげで
創出されたように、自由貿易それ自体も国家によって実施されたのである。
・自由市場への道は、中央によって組織され統制された
絶えざる干渉行動の空前の増大によって切り開かれ維持された。
アダム・スミスのいう「単純で自然な自由(simple and natural liberty)を
人間社会の要求と両立させることは至難の業であった。
・ダイシーは1860年代末以降に明らかとなったイギリスの世論における
「反自由放任」傾向、あるいは彼の言葉によれば
「集産主義的(collectivist)」傾向の起源に関する研究をみずからの課題とした
・すなわちわれわれの見解によれば、
自己調整的市場という概念はまったくのユートピアであり、
その進行は実際的な社会の自己防衛によって妨げられたとするのに対して、
彼らの見解によれば、すべての保護主義は
不寛容、貪欲、近視眼的思考に基づく錯誤であって、
そうした錯誤さえなければ
市場はその困難をみずから解決したはずであるというのである。
・事実の証言するところは、自由主義の命題と決定的に矛盾している。
反自由主義の陰謀というのは、まったくのつくり話である。
・経済的自由主義および自由放任に対する対抗運動は、
それが自然発生的な反応であるという見紛うことなきあらゆる特徴を備えていた。
この運動は、互いに無関係な無数の問題について、
直接的な利害関係者の間の共同行動やそうした人々における
イデオロギー上の意見の一致もなしに、開始されたのである。

第13章 自由主義教義の誕生(続)−階級利害と社会変化
・もしも市場が機能を停止して崩壊してしまう場合には
−そして重大な危機のときには、常にそうした市場崩壊の脅威があったのであるが−、
地主階級は軍国的あるいは封建的な家父長体制への復権を試みるかもしれないが、
工場労働者は、彼ら自身の協同組合的共和国を樹立する必要を感じるであろうことである
・実際、彼らの堕落の真の原因を、
彼らが「文化的真空」状態にあったからであるということ以上に
適切に表現することはできないだろう。
・セポイの反乱以降、イギリス統治下のインドに壊滅的な打撃を与えた
三度あるいは四度の大飢饉は、それゆえ自然の猛威や経済的な搾取によるものではなく、
実際に古い村落の問題を解決するどころか村落そのものを解体させた
新たな社会の組織化、すなわち労働と土地の商品化という
市場による組織化の結果であった。

第14章 市場と人間
・労働を、人間生活においてなされるそれ以外の活動から切り離して
市場の諸法則に従わせるということは、
人間のありとあらゆる有機的な存在形態を壊滅させ、
それをタイプの異なる、個別・細分化された、個人主義的組織に置き換えることであった。
・「浮浪の民」は、住処を転々とする19世紀の労働者の先駆けだったのである。
・初期の労働者もまた、工場では自分の自尊心が傷つけられ拷問を受けているように感じ、
したがって工場を毛嫌いしたのであるが、
それはまさに、手足を切り刻まれないまでも
体罰で脅される場合にのみわれわれの流儀による労働を甘受した
先住民と同様であったのである。
・決定的な最終段階は、「自然の刑罰」、すなわち飢餓の適用によって到来した。
そしてこの刑罰を存分に機能させるためには、
個人を餓死させない有機的社会を解体することが必要だったのである。

第15章 市場と自然
・土地は人間生活に安定性を与えるものであり、また人間の居住の場である。
それは人間の物理的安全のための一条件であり、
風景であり、また季節の移ろいである。土地なしで生活を続けるのは、
人間が手足なしで生まれることにたとえられるかもしれない。
それにもかかわらず、土地を人間から切り離し、
不動産市場の要求を満たすように社会を組織することが、
市場経済というユートピア的な概念にとって不可欠の部分を構成していたのであった。
・土地の商品化とは、封建制解体の別名にすぎない。
封建制の解体は、イギリスのみならず西ヨーロッパの中心的都市地域においても
14世紀に始まり、約500年後に、農奴制の残滓を一掃した
ヨーロッパ革命の過程で終焉した。
土地から人間を切り離すということは、経済体を諸要素に分解し、
それぞれの要素をそれが新しいシステムの中で
もっとも有用であるような部位に嵌め込むことを意味した。
・15世紀いたるまで、穀物市場は厳密な意味で局地的な組織であった。

第16章 市場と生産組織
・金本位体制の最終的な破綻は、市場経済の最終的な破綻でもあった。

第17章 損なわれた自己調整機能
・1879年から1929年までの50年間に、西ヨーロッパ各国の社会は
それぞれ緊密に統合された単位へと変化していった。
しかし、その内部には崩壊への強い緊張がはらまれていた。
このような変質のもっとも直接的な原因は、
市場経済の自己調整機能が損なわれたということであった。

第18章 崩壊への緊張
・世界経済が崩壊したとき、市場文明そのものもその崩壊の波に飲み込まれたのである。
これが、物質的繁栄の機械的増大を唯一の目的とした魂をもたぬ諸制度の
盲目的作用によって、一つの文明がまさに破壊されるという
ほとんど信じがたい事実が生じたゆえんであった。

第19章 大衆政治と市場経済
・社会(コミュニティー)全体という観点からすると、
社会主義とは、社会を諸個人のすぐれて人間的な関係によって
構築された組織としようとするこれまでの努力の継続であるにすぎず、
西ヨーロッパにあっては、そのような努力は常にキリスト教的伝統との
結びつけられてきたものであった。
さらに経済システムの観点からいえば、社会主義とは、
そうした伝統との結びつきとは反対に、
それが私的な貨幣利得を生産活動の普遍的なインセンティブにしようとする
企てから決別するものであり、
また私人としての個人が主要な生産の手段を処分する権利を
認めないものであるかぎりにおいて、
直近の過去からの根本的な離別を意味する。
・まさにこれが1920年代の現実の姿であった。
労働者は、その数の多さを頼りに議会に立てこもり、
資本家は、産業を要塞に構築し直しそこから国家に君臨しようとした。
大衆組織は産業に対する容赦ない干渉をもって資本家に対抗し、
産業に与えられた要請を黙殺した。産業界の指揮官たちは、
民衆が自由な選挙で選んだ指導者に対する民衆の忠誠心の破壊を試み、
民主主義組織は全員の生活がかかっている産業システムに対する戦闘を続行した。
遂に、経済システムと政治システムの双方が完全な麻痺に脅かされる瞬間がやってくる。
恐怖が国民の心をわしづかみにし、
主導権は、最終的な代価がどのようなものであろうと
容易な脱出口を指し示す者に押しつけられる。
ファシストによる解決の機が熟したのだ。

第20章 社会変化の始動
・もしもその治療法が実際に適用されるなら、
いたるところで死にいたる病を引き起こすだろう。
文明が滅亡するとは、そのようなものなのである。
・実際のところ、ひとたびファシズムの出現の条件が与えられれば、
それに対して免疫を与えるようないかなる背景も、
すなわち宗教的、文化的、民族的な伝統も存在しなかったのである。
・ファシズムは、社会主義と同様、
どうしても機能しなくなった市場経済にその根源をもっていた。
だからこそファシズムは世界中に広がったのであり、
その規模において普遍的、その激しさにおいて全面的であった。
・ファシズム、社会主義、ニューディールという新興の体制は、
自由放任原理を顧慮しないという一点においては、類似性をもっていたのである。
・国際システムの崩壊は、歴史のエネルギーを解き放った。
その軌道は、市場社会に固有の傾向によって決定されたのだった。

第21章 複合社会における自由
・社会についての認識が近代人の意識を構成するもっとも重要な要素なのだ。
・忍従は、常に人間の力と新しい希望の源泉であった。
人間は死という現実を受け入れ、そのうえにみずからの肉体的な生命の意味を築いた。
人間は、自身がやがて死すべき存在であり、
生きることは時に死よりも苦しいという真実を甘んじて認めながら、
そのうえにみずからの自由を打ち立てたのである。
現代では、人間は過去の自由の終焉を意味する社会の現実に耐えつつ
それを受け入れている。
しかしこの場合にもまた、生命は忍従の果てによみがえる。
忍耐強く社会の現実を受け入れれば、
人間は除去しうるあらゆる邪悪と隷属を排除する不屈の勇気と力を与えられるだろう。
また人間が万人のために溢れるばかりの豊かな自由を創造するという
自己の使命に忠実であるかぎり、
権力と計画化が人間の意に背き、
それらを道具として使いながら打ち立てようとしていた自由を破壊するという
事態を恐れる必要はない。
これが、複合社会における自由の意味であり、
この使命の重要性が、われわれの必要とするすべての確信を与えてくれるのである。


 
 

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